第7話・慟哭の果てに生まれたもの

 街の中心を避けながらエリオットは壁外へ出ようとする。だが人間に構わず建物を壊し、その瓦礫を投げてゆく手を阻むヴァンパイアは、楽しそうに笑みを浮かべている。まるで狩りを楽しむように。

「ぐっ…」と顔を歪ませるエリオット。反撃をしないのは街中というのもあるだろうけど、エリオットの異能力が「心を読む」能力だからだ。攻撃力がまったくない。とはいえ相手の考えている作戦は把握できるみたいだ。


 わたしを守りながら、街への被害を避けながら戦うなんて芸当、エリオットにできるわけがない。

 どうして…こんなことになったの?わたしが何をしたっていうの。エリオットに助けてもらっただけなのに。この世界が【アミュレットナイト・サーカス】の世界だから?ヴァンパイアはヴァンパイアに殺されても文句もいえないの?


 ぎゅっ、とエリオットの服の裾を握る。


 悔しい……エリオット…。わたしは、何も出来ない。あの日、あの時助けられた時から、わたしはずっと、何も出来ないでいる。


「もらったァ!!」

「━━━ッ」


 外壁まで追い込まれたわたしたちに奇声を上げながら飛び掛かってきたヴァンパイア。咄嗟にエリオットがヴァンパイアの顔を手のひらで押さえつけアイアンクローを食らわせる。そして━━━ヴァンパイアの顔が弾けた。


 噎せ返るような血のニオイが充満し、わたしの顔にもビチャッと飛び散った。

 頭から吹っ飛んだヴァンパイアの身体は膝から崩れ落ち、倒れ伏した。


「はぁ…はぁ…はぁ…ッ」


 苦しそうに短く息を切らせ、目を吊り上げて眉間に皺を寄せ、口の隙間から牙を覗かせて赤い目がギラギラと光るエリオット。

 普段から品のある仕草をして、決して声を荒げたりしない彼の初めて見せるその表情に驚きのあまりじっと見つめてしまい、わたしの視線に気づいたエリオットが慌ててわたしから目を逸らした。


「…ユキシア……わ、私は……」


 唇を噛みしめ震えるエリオットは、捨てられた子犬のように哀れにも見えた。

━━━嗚呼、どうしよう。わたしは彼に、何て声をかければいいのだろう。

 いろんなアニメ、マンガ作品を見て来た。人の在り方や怪物なりの考えを独自に解釈して、納得のいく形で感情に落とし込む。創作物とはなんて奥が深いのだろう、と思うばかりだった。

 わたしの中にある知識では今のエリオットに何を言っても、彼は救われない。


「エリオット様!」

「アレン…」

「っエリオット様! ユキシアも無事で━━━!」


 瓦礫をかき分け駆け寄ってきたアレンに飛び掛かる影。顔がない状態のヴァンパイアの肉体が起き上がりアレンに襲い掛かった。




 そして━━━エリオットが、死んだ。

 心臓を貫かれ、風の斬撃で切り刻まれて殺された。

 それはもう、あっさりとした死に様だ。



「あははははははっ」


 と、心底愉快だ。と言いたげな声が周囲に響く。

 膝から崩れ落ちるエリオットの身体。首から上がなくなっていたヴァンパイアの顔が顎から再生していき、新しい顔が生えていく。


「アァァ…っ、ああああっ!!! エリオット様! エリオット様ァ!!!!」


 エリオットの遺体に縋りつく、アレンの慟哭が虚空に響く。

 わたしはただ呆然と立ち尽くす。


「嗚呼、バカなエリオットォ! 鈍っちまったのか、ええ?『血染めのエリオット』の名が泣くぜ!」


 綺麗な夜空を見上げて高笑いをしながらエリオットの名前を呼ぶ。

『血染めのエリオット』って?わたしはそんな名前聞いたことはない。このヴァンパイアはエリオットの過去のことも知っているのか?


 いや、そんなことより。エリオットが死んだというのなら…次に殺されるのはわたしかアレンだ。


 あ、アレンを逃がさないと…。

 と、咄嗟に思い声をかけるために息を吸った。だが、アレンの口の方が先に動いた。


「ゆるさない。……もっと、もっと…早くにしておけばよかった。そうすればエリオット様は…」

「…アレン」


 腰を抜かしていたアレンがフラフラとしながら立ち上がる。


「ゆるさない…! やはり、やはり特別だったのはエリオット様だけだったんだ!!」


 アレンは懐からハンドガン型の注射器を取り出した。


「あれ、は、」


〈ガーディアンズ〉が新規メンバーに因子を注入するためのものに似ている。

 アレンはソレを自らの首元に突き刺した。そして━━━赤黒い光が全身を覆い、「ァあッ、がぁッ」という苦しそうな声が聞こえ、目が赤く発光する。



「う…そ……」


 信じられない。まさか、ほんとうに…?


「ヴァアァァァアアアアアッ…!!!!!」


 獣のような咆哮が上がり思わず耳を塞いだ。

 目を見張るヴァンパイアに容赦なく爪を振り下ろす。空気を裂く音がして、風が強く吹いた。舞い上がった埃を見てならないようにしながらヴァンパイアとアレンの戦いを見る。

 ヴァンパイアの能力は水を自在に操る能力のようで、周囲から水というものをかき集めている。

 アレンには理性がないのか街の破壊など気にすることもなく壊しながらヴァンパイアを追いかける。わたしも、破壊された瓦礫を避けながら彼らの後を追う。


 まさか……ほんとうに?アレンは本当に、ヴァンパイアになってしまったの…?!



【原作】でも、人間からヴァンパイアになった人間は確かにいる。世界で━━━唯一の女のヴァンパイア「魔女』と呼ばれる、ローゼマリア。

〈グリムレーベン〉、第Ⅰ階級のヴァンパイアであるユリウスや〈ピード・ラメント〉アリアスからも警戒される最低最悪の凶悪な女ヴァンパイア。

 連載の途中でこっちの世界に来たわたしは、ローゼマリアがどうやってヴァンパイアになったかは知らない。


 けれど、もしかしてローゼマリアと同じ方法でヴァンパイアになったの?まさか…。

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アミュレットナイト・サーカス~好きなマンガ作品に転生したわたしは、最強のヴァンパイアハンターになります!(うそ)~ 白橋桔梗 @kikyou_0000

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