第6話・血濡れの夕暮れ
「ねえちゃん、早く早く!」
「走ると転ぶよ」
孤児院の子供らを連れて買い出し帰り。だいぶ日が落ちるのが速くなったこの頃、寒さを肌身感じながら両手を手提げ袋でふさがれていたわたしは、先を走る子供から目を離さないようにしていた。
あの口喧嘩以降、アレンはヴァンパイアになるだとか、〈ガーディアンズ〉がどうのだとかの話しはしなくなっていた。エリオットから何か言われたのか、どうかは知らないけれど、信者のようなタイプが鳴りを潜めていることが少々不気味に思う。
ヒヒーンッ! と真後ろが馬がいなないて、肩をビクつかせて驚き咄嗟に振り返る。いなないただけで、落ち着いている馬が通り過ぎるのを見てホッとしつつも、子供から目を離してしまった。
「あれ?」
━━━どこいった?
元々落ち着きのない子だ。どうしても一緒に買い物に行きたい、というから連れていったというのに。まぁ楽しそうだったから構わないけど、行方不明になってもらっては困る。
「お探しの〝モノ〟はコレかなァ」
背筋に氷のような冷気が這い上がって、息を呑んだ。
殺気だ…。
全身を舐め回すような視線の動きを背後から感じる。冷や汗が止まらない。
「いる」背後に。確実に。あの時と━━━同じ、獣の……怪物の気配。
ベチャッ、と地面に水が零れ落ちような音がした。わたしの右足に滴り落ちた水が跳ね返った。
血━━━血の…臭い、だ……。
「ンンン~、やっぱり年若い人間の血肉はいい…。とても張りがあって、噛み応えがある……まァ、オレは男は趣味じゃないからなァ」
ブンッと空気を切り裂いて、わたしの眼のまえに左手が投げ捨てられた。
まだ孤児院に来たばかりで、親に虐待されて、紐で縛りつけられたような跡が手首に残るその子の、左手━━━。
バックンバックン、と耳の傍で心臓が鳴る。人気のない通りではないはずなのに、人の気配もなく、世界の音がなくなったように静まり返る。
ダメだ、逃げられない。動いたら瞬間に首が飛ぶ━━━と、脳裏に自分の首が飛ぶのが浮かぶ。
恐怖に支配される思考。呼吸が浅くなって、言うことを聞かない。
「次は、女の子がいいなァ」
スッという布が擦れる音が微かにして、わたしに腕を伸ばされた。
「ユキシア━━━!!」
「!」
エリオットの声がして金縛りが解けたように身体が動いた。と同時に何かが砕けるような爆音と土煙が上がった。
咄嗟に目を開けると、わたしの眼に映ったのは紺色の外套で、リオットが咄嗟にわたしを抱き上げ助けたようだ。
「エリオット……」
「はぁ…はぁ…っ、大丈夫ですか?」
「ぁあ…あのっ…」
「いえ、大丈夫なわけがありません。すみません…私がもっと早くヤツの存在に気付けていれば」
顔を汗で濡らしたエリオット。
ふわりと風が吹き髪を攫う。彼はひと飛びで地面から約15メートル先の屋根に着地していたようだ。
人の悲鳴が下からして、逃げ惑う人々を見下ろすエリオットは大きな土煙が上がる中心を見ていた。
「ッ、くそ…なんでバレた…」
珍しく粗暴な口調で語るエリオット。それだけ焦っているんだろう。
「あはっ♡ エリオット~! アはっ、あーッハッハハハハハッ! バカがよォ! ガキなんて捨てていれば前回みたいに逃げられたのに! 今度は助けるんだなァ?!」
「黙れ!」
愛しい人を見つけた狂人のように叫び声を上げるヴァンパイア。見ればわかるエリオットの知り合いだ。
ヴァンパイアの多くはクランに所属する。そのほうが生存率も上がるけれど、クランで成り上がれば強くなることも容易だからだ。
だが、クランに所属せず細々と暮らすヴァンパイアも世の中に入る。エリオットはそうしたヴァンパイアなのだと思っていた。
「エリオット…」
自分でも分かる震えた声で彼の名前を呼んだ。
「大丈夫。━━━必ず守ります。必ず!」
壊れないように柔くわたしを抱きしめるエリオットの手は震えていた。
わたしはチラリと相手のヴァンパイアを見下ろした。ガチッと目が合った。
━━━あっ。目的はわたしだ。今ここでエリオットを殺すことが目的じゃない。
と瞬時に理解した。
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