攻略対象1 ゲームのカレ 現実のカレ

 桜舞う入学式の日の朝。

 美しい男子生徒は、憂いあふれる表情で桜の木を見上げていた。

「あの、ここの生徒の方ですよね。入学式、遅れちゃいますよ」


 声をかけても、返事はこない。

 けれど、男子生徒がこちらを見れば、ハッと息を呑むほどの美しさに、暫し時が止まったように感じてしまう。


 キーンコーン……カーンコーン……


 始まりのチャイムの音だ。

「……」

彼に、急ぐ様子はない。


「君は、この花をどう思う?」

「あの、キレイだと思います」

答えてみると、彼の顔が近づいてきた。

 彼の宝石のような目に、吸い込まれそうになる。

「どうやら君は、他とは違うようだ」


「……」

 ドキドキしているワタシとは逆に、彼はスンとした表情で、近づいた顔を離した。それから、彼はまた、木を見上げた。


「ワタシ、新入生なんです。これから、よろしくお願いします」

深くお辞儀をして、式場である体育館に急いで向かった。



 ゲームの序盤。ルカは口数が少なく、ヒロインにもさほど関心を持っていなかった。

 ヒロインがルカに話しかけて、ストーリーが進行していくと関係も進展していく。

 これが、ゲームでのルカ。



 現実でも、入学式の日。ルカは木を見上げていた。



♣︎♣︎♣︎♣︎ ♣︎♣︎♣︎♣ ♣︎♣︎♣︎♣ ♣︎♣︎♣︎♣ ♣︎♣♣︎


 


 ここに来てから、この時期になると、この木を見る。

 あの花とよく似ているこの花を。



 あの花を見て。


 あなたは、この花をどう思う?


 あの花たちは、特別なの。


 そんな顔をしないで。ルカは、ワタシにとって特別だから。



 ーーーの声が聞こえた気がして、振り向いた。

 そこにいたのは、花の色より濃く鮮やかな目をした少女だった。


 あなた、とてもキレイね


 泣きたくなるくらい、懐かしくて恋しい声がした気がする。

 でも、これは間違いだ。聞きたい声の主はいないだろう、と視線を戻した。



 あの娘と出会ったのは、それからすぐの講義での事だ。

「花の香りがする」


 おそらく、無意識に出た言葉だろう。

 その言葉に、一瞬ドキッと心臓が跳ねた。


 ここに来て初めて、話がしたいと思う人に出会った気がした。

 彼女からも、名前を知らない花の香りがした。


 君を、もっと知りたい……


 けれど、女生徒と目があった時、バツが悪そうに目線を逸らされた。

 それから講義の間、彼女の視線が僕と交わることはなかった。

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乙女ゲームの世界に転生しました。ゲームの世界も現実です 月花たぬき @ana

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