第4話

『ボクは、蓮から生まれたんだ』

男の子はニカっと笑った。

「蓮から生まれた?」

『うん。ボクは蓮から生まれて、キミに助けられたの』


「さっきの蓮は、貴方だったの?」

私の問いに、男の子は縦に頷いた。かと思えば、パァッと目を輝かせて私に迫る。

『あっ‼︎そうだ。ボクに名前をつけてよ』

「名前がないの?」


『そうじゃなくて、キミと契約したいんだ』

 彼によると、この精霊との契約は、祝福の契約と言われていて、契約をすれば、精霊が力を貸してくれるものだ。助けてくれた私に、恩返ししたいと言う。

 だから、わたしだけが呼ぶ、呼び名がほしいと。


 男の子は、当然名前をつけてくれる、と断定している顔をしている。

 それなら……。と、いくつか名前を考えてみた。

「フェイ、レイ……」


「貴方の名前は、キラね」

『ボクは、キラ』

両手を広げて、キラは踊った。

 喜んでくれて、一安心だ。

 キラは私に近づくと、チュッと頬に口付けた。

「へ⁉︎」

思わず変な声が出た。

 小さな男の子とはいえ、誰かにキスされるのは初めてだったから。


 初めて、だよね?


 すると、キラは不思議そうに首を傾げた。


『あれれ?おかしいな〜』

「どうしたの?」

『あのね。精霊が契約者を選んで、名前つけてもらって、ボクがキスしたら、契約の証がキミに渡るはずなんだけどね』

キラは、私の手を持ち上げて、指の辺りを見つめる。


『ないんだよ』

ほら、ここだよ。というように、私の指をさして、なでなでと触れた。

『なんでかな〜』

 羽がションボリするルカの様子を見ると、罪悪感が湧く。

 もしかしたら、わたしは精霊と契約できないのかも知れない。


 入学前に、城で過ごしていた頃のこと。

 愛してくれる人もいたけれど、否定的な人もいた。

 

 心無い言葉を思い出し、いくつかの可能性を考える。

 転生者である事。

 本来持っているはずの力を、うまく使えなかった事。

 もしくは……。


 ゲーム内でセラフィーヌ=エメラルドは、本来幼くして亡くなる運命だった人物だったから。


 考えるほど、契約できなくてもおかしくない条件がある事に、後ろめたさに似た罪悪感を感じる。


「ごめんね。やっぱり、契約できないかも」

そうとしか、考えられない。

 もしかしたら、その影響でありえないことが起こっているのかも。


『ん〜?でも、契約は出来てるはずだよ』

温かい感じがすると、キラは自身を発光させる。柔らかな緑色の光は、私の指にも見えた。

『ほらね。おそろい』



『あーーー‼︎ここに入っちゃダメー‼︎』

植物の死角から、小さな女の子が飛び出した。

 その瞬間、キラはサッと私の髪の中に隠れる。

『ここは、許可がない人は入れないの。さぁ、出て……』

「今日は、賑やかな日のようだ」

激昂する女の子の言葉に被せて、落ち着いて澄んだ低い声が後ろから聞こえる。

『ルカさま♡お待ちしていました』

先ほどと打って変わり、女の子は猫撫で声で、ルカに言葉をかける。

「キミは確か、新入生の子だね。ここは、園芸部が管理する温室だから、いつでも歓迎しよう」

ルカは、私に鍵をさしだした。


 ルカは、私が先ほど同じ講義を受けた新入生だと気づいているようだ。鍵を差し出し、私の返答を待っている。

 1、黙って立ち去る

 2、ありがとうございます(鍵を受取る)

 3、受け取れません


 脳内に、ゲームウインドウが立ち上がって、選択肢の横にアイコンが点滅した。ような気がしたけど、それをすぐに振り払ってルカに目を向ける。

「先輩の気持ちはありがたいですが、部員でないわたしが、鍵をいただくことはできません」

選んだ答えは、鍵を受け取らない。

 本当は、鍵受け取ろうと思ったけどね。さっきのあの講義の時の気まずさが残ってたし、あれ以上の失態を犯したくない。

 それにあの鍵。触っちゃダメって、ワタシ自身が警告してるのよね。


「キミなら、そういうと思ったよ。ごめん、キミを試した」

「え?」

「これは、僕の部屋の鍵」


 思い出した。あの鍵は、ゲームでルカが一番大事にしていた鍵だ。話題にすることも嫌がるほど、大切にしてた物だった。

 でも、部屋の鍵だった?

「歓迎すると言ったのは、本当だよ。キミが来て、植物達が喜んでいるみたいだからね」


「そう言えば、エメラルド国の王族は、彼女の血縁者だったね」

「彼女?」

 ルカの口ぶりでは、祖先に会ったことがあるよう。人ではないから、長い時を生きているだろうし、知っていてもおかしくはないけど。


 グイっと彼に引き寄せられた。

 ルカの顔が間近にあって、綺麗な緑色の宝石目に、私の驚いた顔が映っているのが見える。

 宝石目?

 余計な驚きで、まじまじとルカの目を覗き込む。

 

 目の中に、綺麗な白い花が咲いている。


「君は……」

ルカの、引き寄せていた手が緩んだ。

 今がチャンスと、ルカから離れる。

「し、失礼します」

 足は出口に向かって走り出していた。


 いい匂いがした。

 じゃなくて、近すぎだよ。


 確か、どんな人にも興味なくて、唯一興味を持ったヒロインと関わるようになるけど、初期の方はそっけなくて、こちらから何か言わないと、話してくれなかった。そんなクールなキャラクターだったはずだけど、どうしてこんなに物理的にも心理的にも、距離が近いの。

 聞きたいことがあったのに、そんな状況じゃなかった。頭は大混乱。


 彼女って、だれ?

 ルカは、エメラルド国と親交があったの?

 

 どうして、ワタシに親切なの?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る