第11話 男の子アリス

 マリモの泣き顔を、アリスは困ったように見つめていた。

 久しぶりに登校した高校でのことだ。

 マリモは教室に入ってきたアリスを見た途端、泣き崩れた。

「よかった。よかったよぉ。生きてた、アリス・・・」

「ごめんね、マリモちゃん」

「どこへ行ってたんだよぉ。心配させやがって」

 どこへ行っていたか。影の国だが、正直には話せない。普通の人にはわかってもらえない話だ。

「ごめん、記憶がないんだ」とアリスは言った。

 アリスはこの世界で半年も行方不明になっていた。いろんな人から事情を聞かれたが、すべて記憶がないで通した。一時的記憶障害。そういうことになった。

 不知火もアリスの帰還を喜んでくれた。

「もう会えないんじゃないかと思ってたぜ」

「うん。でもまた会えてよかった」

 アリスは微笑んだ。不知火も笑った。

「なんかアリス、変わったな」

「え、そう?」

「ああ、前はいつもおどおどしてる感じだったが、今はそうでもない」

「そっか」

 それはきっと影のおかげだ、とアリスは思った。影が前のままではいけないと教えてくれた。堂々と立っていられるのは、影の国を体験したためとしか思えない。あまりうつむいていては、また影に乗っ取られてしまうしね。

 日常が戻って来た。

 アリスはマリモと不知火と共に昼食を食べ、いろいろな話をした。ときどき無性に影の国の話をしたくなったが、それはぐっとこらえた。

「アリス、なんだか男らしくなった」とあるときマリモが言った。

「うん、おれもそう思う」

「そ、そうかな」

 アリスははにかんだ。

「いや、やっぱり可愛い。男らしいっていうのとはちがうかな。でもとにかく、女々しくはないよ」

「ありがとう」素直に礼を言った。

「あ、有栖川くんって呼ぼうか?」

 マリモが頬を紅くしていた。

「いいよ、アリスで。いまさら」

「そうだよね。アリスはアリスだよね」

「おまえが、女っぽくなったんじゃないか」と不知火が絡んだ。

「失礼な。オレは前から女っぽいっての」

「それならオレって言うな」

「いまさら変えられないよ。アリス、変えた方がいいかな?」

「いいんじゃない、今までどおりで」

「アリスがそう言うならそれでいいや。オレはオレで。ふふっ」

 マリモが嬉しそうに笑った。

 アリスは再び美術部に通うようになった。モデルやって、とまた頼まれた。

「ごめんなさい。やりたくないです」きっぱりと断った。

 誰もそれ以上は言わなかった。

 アリスは普通の美術部員として、絵に集中できるようになった。

 アリスはマリモとよく一緒に帰るようになった。前のように、マリモから無理強いされてではなく、ごく自然に。

「やっぱり変わったね、アリス」

「そうかな」

「不思議だな。あの半年間で、何があったんだろう? 本当に記憶ないの?」

「実は、影の国に行ってたんだ」

「なにそれ、変なの。それ、冗談なの?」

「うん、下手な冗談。記憶がないのは本当だよ」

 ふたりは街中の道を歩いていく。そこには、色彩がある。影が、アリスに従って動いていく。

「ボクが行方不明になっている間、捜してくれてたんだってね」

「うん、まぁね・・・」

「それを知ったとき、嬉しかったよ」

 マリモの顔が耳まで真っ赤になった。

 アリスはマリモを見て、次に自分の影を見た。きみもイバラに会いたいのかもしれないね。でも簡単には明け渡さないよ。

 影が少しがっかりしたように見えたが、たぶん気のせいだろう。

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影の国のアリス みらいつりびと @miraituribito

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