第10話 陽炎
終幕。観客は感動して、拍手はなかなか鳴りやまなかった。アリスの影は肩で息をしていた。やり切ったのだ。ポン、とイバラから肩を叩かれた。
「まぁまぁがんばったな、アリス」
「イバラ様・・・」
「もう様はいらねーよ。イバラでいいぜ」
負けた、とアリスは思った。さっきまで動き出せそうな気がしていたが、今はガチガチに床に縛られていた。影の影から抜けられそうになかった。文化祭を乗り切ったアリスの影は、ボクよりがんばったんだ。マリモちゃん、ボクはきみのところに戻れそうにないよ・・・。
空き教室でひとり、舞台衣装から学生服に着替えようとしているアリスの影。彼は心の底からほっとしていた。
ジュリエットのドレスを脱ごうとしたそのとき、教室に誰かが入ってきた。
陽炎だった。彼は獣のような目をしていた。
「もう我慢できない」と彼は言い、アリスの影に迫って来た。
「ひっ」と影は喉を鳴らした。
陽炎はまだジュリエットの格好をしているアリスの影をいきなり抱きしめた。そしてキスしようとした。反射的に目をつぶってしまう影。唇に圧迫感。実際にされた。
アリスの影は急速に力を失った。その脱力は急転直下としか言いようがなかった。アリスの影とアリスが反転した。カラフルなアリスは実体を取り戻し、陽炎を突き飛ばした。
アリスは夢中で走り出した。どこへ? よくわからない。ともかく校門を抜けて、闇雲に走った。走り続けた。灰色のグラデーションの世界。影の国。そこを走り続けた。やがて微かに色が戻って来た。世界がしだいに彩りを増していく。
元の世界! カラフルな色彩を持つ明るい世界!
アリスは戻って来たのだ。影はもの言わぬうす暗い平面になっていた。
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