トランプゲーム

小学校時代の1番の思い出は修学旅行だ。私は結論ファーストの流儀に則って書き出した。何せ私は小学校4年生からここに越してきた訳で、前の学校の事を書くなんてのは不誠実なのだから、思い出と言うにもこの3年間から案出せねばならない。尤も、記憶力の関係上、高学年の頃の思い出が、低学年の頃のに勝るなどそうあろうはずもないのだろうが。


今、小学校卒業に際し、作文が児童たちに課された。元より文章を書くのに不得手な私にとっては、恐るべき難事に思われた。それで、定番の修学旅行だったわけだ。


テーマが決まってしまったので、そのように書かなければもったいない。私はその行事で何をしたか必死に思い出そうと記憶を探る。なるほど、徹夜をしたんだ。人生初の、ちょっと悪い、試み。そのせいで、2日目の原爆ドーム見学ではあまりの睡魔に負けそうになったこと、いや、こういうことは書かない方がよろしい。ちょっと悪いというか、だいぶ悪くなる。それはぼかして書こう。


徹夜と言っても、部屋の中で恋バナしたり、大富豪したり、スピードしたりしてただけだ。これなら書ける。私は自己検閲を通過した素材たちを文章を書きながら放り込んでいく。


あの日、徹夜を完遂したのは私だけだった。入れ替わり立ち替わり、他の友達が寝たり起きたりして、私と遊んでいく。それは、小さな私の優越性だ。夜更かしと忍耐。その日の私を構成する2つのキーターム。これは書かなかった。野暮ったくなるから。


私は原稿用紙一枚に必死に埋めた文字たちを眺め、これでよし、とランドセルに放り込む。内容より長さなのだ。小学生の作文というのは。


後日、返ってきた作文の教師からのコメントを見て、私は思わず顔を赤らめた。感情の導線が意味不明。原稿用紙の左端にある赤字。

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蠢き サイクス・ピコ @Sykes-Picot

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