3日目の朝

 移住体験3日目の朝が来た。やはりラトが俺の布団のど真ん中を占領して眠っていた。そのためか今日はラトを避けて寝ていたため少し筋肉痛だ。


 守るぞいくんを解除して、ぼーっと縁側に座る。

 昨日は本当に危なかった。いろいろと。


「海斗くん何を鼻の下伸ばしてるんだい?」


 いつの間にか庭に五郎さんが入って来ていた。何か怪訝そうにこちらを見ている。


「なんでもないですよ。この島のとんでも生態系について考えていたところですよ」

「そうかい、そうかい。中々に普通の生活は出来なくて楽しそうだろう?」

「はい」


 五郎さんの笑顔に少し昨日の疲れが癒えた気がする。パチンと自分の両頬を叩き気合を入れ、五郎さんに笑顔をみせた。


「大丈夫そうだな。じゃあ朝ごはんまだだろ? うちで食べないかい? キャベツ以外にも新鮮な野菜はあるからのう」

「はい!」


 日に焼けた顔を破顔させ、五郎さんは元来た道を戻り始めた。

 ラトもいるがまだ寝ているので、後からウインナーでもあげよう。

 そういえば、獣人って何食べさせればいいんだろう。江角さんに聞くことがいっぱいありそうだ。

 俺は五郎さんの後を追った。


「おはようございます」


 村越邸の門に着くと藍子さんが作っているだろう朝食のいい香りが漂って来た。味噌汁のいい香りがたちこめている。


「おはよう。移住体験は順調そうね。顔色がいいわ」

「はあ、なんだか理解できてない事もたくさんありますが、なんとかなってます」


 藍子さんは庭にある鳥小屋で卵を採取しているようだ。

 何個か籠に卵が転がっている。


「まあ、焦らずゆっくりとこの島に馴染んでくれたら、私は嬉しいよ」

「ココココココケーコッコ」


 藍子さんの言葉に被せて一羽鶏が羽を広げ鳴いている。雌鳥か?そしてまだ幼いような気がする。藍子さんと五郎さんの後を追いかけて家の中に入ろうとすると俺の後をついて回る。


「なんだお前。懐いたか? 何もしてないんだけどなー。コッコってか」


 ツンツンと頭をつついてやると気持ちよさそうに目を細めた。


「海斗くん今名前を付けたかい!!」


 五郎さんと藍子さんが勢いよく駆け寄って来た。嫌な予感がする。


「いえ、コッコって鳴いてるからコッコって言っただけで……」


 冷や汗が止まらない。なんだろうこの感覚は2人の視線が鋭い。2人の視線は俺から鶏へと移っている。


「え、まさかな……」

「ご主人様ーー!!」


 嬉しそうに微笑む赤い髪の少女が俺の腕の中にいて、その時後ろからも重みが加わる。


「海斗ー。雌鳥食べていいかにゃー?お腹減ったにゃ」


 赤い髪の少女を見て舌舐めずりをする猫耳娘。可愛く浮気するなとかじゃなかった。

食欲優先だよこの子。


「ラト食べちゃダメ」

「けち」


 ラトの頭を撫でていると五郎さんが咳払いをする。


「いいかい。海斗くん。もしかしてだけど猫にも名付けしてしまったのかい?」

「はい」


 今度は藍子さんと五郎さんが顔を見合わせて盛大なため息をついた。


 俺たちは五郎さんの招きで家の中に入った。まだご飯は準備途中のようである。最後の仕上げに卵焼きを作るからねと言って藍子さんは台所へと行ってしまった。ラトとコッコは人の姿で俺のそばにいる。

 服はラトに至っては化現させられるらしいがコッコはまだ出来ないらしい。藍子さんにTシャツを一枚借りた。


「海斗くん、いいかい。江角さんから説明があったと思うが、基本的に魔獣に名前をつけちゃいかん」

「え、ここの鶏もやはり魔獣なんですか?」


 五郎さんは腕を組んで顎に手を当てどう説明するか悩んでいるようだ。


「まだ、この島の危険性について理解していないのだね。仕方ないか。本来なら江角さんから説明する事じゃが」


 そう言って五郎さんは俺の疑問に対して説明をしてくれた。


「まず庭の鶏だが、皆魔獣だ。この島で生まれ育ったものは皆体に魔石を持っておる。この島以外の動物との違いはそこじゃな」

「魔石!?」


 そんな説明されていない気がする。本来なら今日される予定だったのだろうか。


「そして、名付けとは魔獣を従わせる効果を持ち、また獣人に進化させる効果もあるとは聞いていた」

「聞いていたということは五郎さんは名付けた事がないんですか?」

「ないな。基本的に魔獣は気に入った相手からの名付け以外受け付けない。そして名付けに失敗すれば襲われる。怪我で済めばいいが、最悪命を落とす事もあるからな。気軽に名付けなどできん」


 思案顔の五郎さんは俺たちを見つめる。


「大丈夫だよご主人様。コッコはご主人様の事好きだよ」

「そうにゃ。ラトも海斗は合格点だと思ってたにゃ」

「だからな。それ結果論だろ。五郎さん俺今度から名付けしないよう気をつけます」

「ああ、そうしてくれ。肝が冷える。鶏とはいえ名付けを失敗すると凶暴化するというしな。それにしても江角さんは説明しなかったのかね。本当に大事な事だよ」

「すみません。たぶん今日教わる事だったんだと思います。今日は対魔獣訓練なので」

「それならしょうがないかもしれないが、名付けについては前もって説明してもらいたかったな」


 五郎さんはこの後ブツブツと呟いていた。





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会社辞めて移住体験〜異世界のような島で気を抜くと獣に襲われます〜 @kou2015

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