第3話 師匠と姉弟子

 俺はグレゴールに呼ばれ、再び執務室の前まで来ている。

 といっても、グレゴールに護衛騎士団設立を依頼してから既に二週間が経過している。


 あれから俺を取り巻く環境はかなり変わった。

 まず俺には教育係が数人充てがわれ、貴族教育が行われている。

 ただ今のところは貴族としてのマナーや歴史、算術や語学等の一般教養に近いものばかりである。


 とはいえ子供に転生してまた勉強しなければならないのかと頭を抱えたが、案外これが苦痛ではなかったりする。

 子供の体だからなのか、物覚えが異常に早く詰まることなくスムーズに進んでいくからだ。


 しかしながら俺的にはもっと生存に直結する戦闘系の学び、例えば魔法とか剣術の勉強をしたいのだが、それに関しては教えてもらえる気配が全く無い。

 まぁ俺がグレゴールに進言した内容で今回は個人的に呼ばれただろうから、もしかしたらそう言ったことに関する話という可能性もあるから、少し胸が高鳴ってたりはするんだけどな。


 俺はそんなことを考えながら、グレゴールの執務室の扉をノックする。


「アインハルトです」

「……入れ」


 部屋の中から返ってきたグレゴールの短い言葉を聞いて、俺は執務室の扉を開け中にはいる。

 部屋の中には父であるグレゴールと執事長のアルフレッド、そして見知らぬ大人の女性と俺よりは年上だろうがそれほど歳の離れてなさそうな少女が立っていた。


 あの二人は誰だ?

 DODのキャラなら大抵は見たことあるし知ってるはずなんだが、見覚えがない。


 強いていうなら先ほどから鋭い眼光で俺のことを睨みつけている、2〜3歳ぐらいしか変わらなそうなキリッとした顔立ちの少女。

 彼女はうっすらと見たことあるような気がしなくもない。


 ただ隣に立っている女性、歳は20〜30代ぐらいで気怠そうな表情とどこか飄々とした雰囲気を感じながらも、何故か油断できないと思ってしまう女性には全く心当たりがない。


「こら、アリシア。相手は貴族の御子息様だよ。そんなにガン飛ばさないの」


 大人の女性は優しくゆっくりとそう言いながら腕が一瞬動いたかと思うと、次の瞬間隣に立っていた少女が変な声を出しながら物凄い勢いで頭を下げ、体の体勢を崩す。


「……は?」


 今、何が起きたんだ?

 もしかして何かしたのか?

 全く何も見えなかったし、わからなかったぞ!


 ただ俺はそこであまりの衝撃で思わず声が漏れたのに気づき、咄嗟に手で口を押さえる。

 しかしながらその行為は逆効果であったようで、痛そうに頭を抑えながら視線を上げる少女に再度睨まれてしまう。


 いやいやいや!

 え!?

 俺が悪いの!

 ていうかそんな目で俺を見たら……


「二度同じことを言わせないの」


 そんな言葉と同時に少女は先ほど同様頭を下げ、先ほど以上に体制を崩し床に片膝をつく。

 ほら言わんこっちゃない。


 ていうかなんだ?

 もしかして叩いてるのか?

 もし仮にそうだとしたら早すぎだろ!

 全く見えないぞ!


「セリス、息子を尊重してくれるのはありがたいが二人で遊ぶのはその辺にしてくれ。息子も驚いてるし、アリシアが可哀想だ。それに話が進まん」

「アリシアは最近気が緩んできてたんで必要なことなんですが、グレゴール様がそこまで仰るなら仕方ありませんね。勿論アリシアの御子息への態度も許してくださるってことですよね?」

「ハァァ、それで構わん」


 セリスと呼ばれた女性の言葉に、グレゴールはため息混じりにそう応える。

 グレゴールに対してあの態度を取れるなんて、何者だ?

 …………まてよ。


 セリスにアリシア、だと?

 それってまさか……


「アインハルト、紹介が遅れたが彼女はセリス・レイブン。元王国騎士団副団長で、現在はA級冒険者として活動している。そして隣にいるのがアリシア・レイブン。セリスの一番弟子だ」

「!」


 やはりそうか!!

 道理で見たことがないわけだ!

 セリス・レイブン、彼女はDOD開始時点で俺と同様に既に亡くなっている。


 しかしながら俺はその理由を詳しくは知らない。

 セリスに関するシナリオはアリシアをプレイすることで詳しくわかるのだが、残念なことに俺はDODにおいてアリシアを選択してプレイしたことはない。


 それでもなおアリシアに関してはある程度知っている。

 何せ師匠であるセリス亡き後、彼女はこの王国のみならず世界で10本の指に入るほどの強者へと成長しているのだから。


 とはいえそんなアリシアに気付けないのも無理はないだろう。

 何せ今とは雰囲気も見た目も全然違うのだから。

 未来の彼女は歴戦の戦士が如く凛々しい雰囲気と綺麗な顔立ち、引き締まった肉体に出るとこはしっかりと出ている凄まじいプロポーションで、かなりのファンが存在したキャラクターであった。


 だが今は幼さの残る顔立ちに、子供らしい体格。

 歴戦の戦士というには程遠い、武術をかじった子供という表現が当てはまる荒々しい少女でしかないのだから。


「そして今日からお前に戦い方を教え、師となる人物だ」

「! セリス、様がですか」

「様なんて呼び方はあまり好きじゃないんだよね。これからは師匠と呼ぶといい。若人よ」

「……こんな弱そうな奴が兄弟弟子なんて」

「アリシア? そろそろ学ばないと今日は頭が痛くて風呂に入れなくなるぞ?」


 セリスはアリシアの頭の上に手を置きながら、アリシアの顔を覗き込むようにしそう言った。

 それに対してアリシアはここから見てもわかるほど体をビクつかせてから、しゅんと縮こまる。


「物分かりのいい子で助かるよ」

「そろそろ話を進めていいか?」


 グレゴールは咳払いをしてから強めにそういった。

 一向に話が進まない今の状況に、流石に苛立ちが募っていたのだろう。


「勿論ですよ、グレゴール様」

「相変わらず……まぁいい。こんな感じだが、彼女の指導者としての能力は確かだ」

「そういうことだ若人よ。私が君を教え導くから、君は私を養い楽させてくれ」


 セリスはそう言いながら俺に近づき、まるで何かを探るかのような手つきで俺の両肩を揉みほぐす。

 なんというか想像していたキャラとセリスがあまりにもかけ離れすぎてる。

 もっとこう厳格で根性論を述べてくるような人を想像してたのだが……


「素質は悪くなさそうね」

「なんて言いました?」

「うん? アリシアと君がいれば私は安泰だなって言ったのよ」


 セリスはそう冗談めかしたように言いながら、軽い足取りでアリシアの隣に移動する。

 もう少し短い言葉だった気がするが、聞こえなかった以上わからないな。


「……今ならまだ変えることができるぞ? どうする、アインハルト?」

「ここまできて酷いなグレゴール様! ……とは言ったものの、決めるのは君だ……少年」


 グレゴールとセリスはそう言って真剣な表情で俺のことを見つめる。

 最終確認ってことか……

 セリスに師事する覚悟があるのか……強くなろうとする意思はあるのか、という。


 そんなの聞かれるまでもなく答えは決まっている。

 それに師事するのがあのアリシアを育てたセリスとなれば、尚の事断る理由がない!


「私に戦い方を……いえ、強くなる方法を教えて下さい! 師匠!!」


 俺はそう言って勢いよく頭を下げる。


「アハハハ……本人にここまで頼まれたら仕方ない。いいよ少年」

「ありがとうございます」

「本当にいいだな?」

「はい。それに父上が態々紹介してくださり、しかも指導者としての能力を保証してくださるとなれば、断る理由がありません」

「そうか」


 俺の言葉にそう答えたグレゴールはどこか嬉しそうに少しだけ広角が上がる。


「ちなみに指導していただけるのはいつからでしょうか?」

「うん? 勿論今日からじゃない? 日を空けたところで変わることでもないし。とりあえず君は……動きやすい服に着替えて中庭で待っててくれる?」


 セリスは俺の服装を上から下まで見てからそう言った。

 確かにこれは激しい動きをするには不向きだな。


「わかりました。では着替えてまいります」


 俺はそう言って頭を下げてから、部屋を出る。

 やっとだ!

 やっとこの世界での戦い方を学べるぞ!!


 俺は興奮気味にそんなことを思いながら、駆け足で自室へと向かう。


ーーーーーーーー


「……アリシア。あんたも準備して中庭で待ってな」

「……わかった。けど中庭への行き方がわかんない」


 セリスの言葉にアリシアは不満そうにそう答える。

 それに対してグレゴールがアルフレッドに対して目配せをすると、アルフレッドは無言で頷きアリシアの元へと歩み寄る。


「アリシア様。僭越ながら私がご案内させていただきます」

「……ありがとう」


 そう言って頭を下げるアルフレッドに対して、アリシアはセリスの顔色を伺いながらゆっくりとそう答えた。


「では参りましょうか、アリシア様」

「……」


 アルフレッドはそう言って不満そうなアリシアを先導する形で一緒に部屋を出る。

 グレゴールとセリスの二人だけになった執務室にはしばしの沈黙が流れる。


「……アインハルトはどうだった?」

「気になる点はありますが、素質自体は悪くないですね。流石はグレゴール様の御子息といったところでしょうか?」

「そんな見え透いた世辞はいい。それよりも気になる点とはなんだ?」

「……」

「なんだ? それほど言いにくいことなのか?」

「いぇ、言いにくいというよりは表現しずらいと言った方が正しいですね。御子息に触れて探ってみたところ、魔法の才ありませんでしたが剣術等の戦いの才は十分にありました。ただそれ以上に何かもっと大きな力のようなものがあるのを感じたのです」

「……それは稀に現れる特殊な力をアインハルトが持っているということか?」

「そこまではわかりません。ただ私ですら見ることのできない、それどころかまるで私が値踏みされているかのようなそんな雰囲気を感じました」

「……わかった。とりあえず今の内容に関しては私が許可するまで他言無用で頼む」

「かしこまりました」


 セリスはそう言ってグレゴールに向かって深々と頭を下げる。


「グレゴール様、話が以上であれば最後に一つよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「御子息を指導するにあたって、指導方法は私に一任していただけると考えてよろしいですか?」

「勿論だ。あの子には力をつけてもらいたいし、あの子もそれを望んでいるからな」

「報告に関してはいかがいたしましょう?」

「私から聞かない場合は、特質すべきことでもない限りなくて問題ない」

「かしこまりました。では私もそろそろ失礼させていただきます」

「あぁ。アインハルトのこと、頼んだぞ」


 グレゴールの言葉に対してセリスは深々と頭を下げてから部屋を後にする。

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三眼の覇王~ゲームの開始前に死んでしまうキャラに転生した俺は運命を変える~ 黄昏時 @asa

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