閑話 グレゴールの決定

「ハァァ」


 俺は息子の気配が遠ざかるのを確認してから、大きくため息をつく。


 正直、息子から先ほど話された内容は信じられないものではあった。

 だが話している時の目と雰囲気は、決して嘘をついている人間のそれではなかった。


 それに内容が内容だ。

 嘘をつくメリットがなさすぎる。

 具体的な時期まであげ、尚且つ判断を全てこちらに委ねているのを見るに真実と考えるのが妥当だろう。


 故にほぼ答えは決まっているようなものではある。

 恐らくアインハルトが見たと言う夢は、本人の言うとおり神からのお告げ……聖職者達が言う『神託』と言うやつだろう。


 まさかアインハルトにそっちの才能があるとは思わなかったが、息子をアイツらの神輿にさせるつもりなんて微塵もない。

 それに今ある情報だけでも、アインハルトの話を裏付けるかのようなものまである。


 まさにそれがこれだ。

 グレゴールはそう考えながら、机の上に置かれた一枚の報告書を手に取る。

 報告書のタイトルは「領地内での魔物の出没頻度の増加」。


 現状対処できないほどではないが、恐らくこれは前兆なのだろう。

 これを口実に騎士団を増員しようと考えていたが、少し方向性を変えるべきだろうな。


 それで言うと、アインハルトの案はかなり理にかなっている。

 領地所属の騎士団ではなく個人の護衛騎士団であれば、魔物の襲来があってもアインハルトから離れなくても何ら不自然ではない。


 問題はその騎士団を組織するのに相当な反発が予想される点だ。

 領民は納得してくれるだろうが、問題は他の貴族。

 特に権威の権化である王族だろうな。


 「ハァァ」


 それを考えるだけでため息が出る。


「グレゴール様、ライナス様をお連れしました」


 扉をノックする音の後、そんな声が部屋の外から聞こえてきた。

 そういえば執事長のアルフレッドにアインハルトとの話が終われば団長を連れてくるように伝えてあったな。


 話の内容を予想してこの後の日程に支障はないと踏んで呼んでいたのだが……見当違いにも程があった。


「あぁ、入ってくれ」

「失礼致します」


 そう言って部屋に入ってきたのは燕尾服を着た白髪頭の初老男性と、腰に剣を携えた体格のしっかりした若い男性の二人。


「では私はこれで」

「待てアルフレッド、お前にも頼みたいことができた。少し待っていてくれ」

「かしこまりました」

「グレゴール様、私を呼ばれたのは御子息との話に関してですか? それともこの後の演習に関してですか?」

「……元々は後者だったが、今は両方に変わった」

「よほど有意義な内容だったのですね」

「……聞いていなければ確実に後悔するほどにはな」


 俺は疲労感からこめかみを押さえながらそう返答する。

 本人は昨日『神託』を見たと言っていたが、嘘だろう。

 恐らくもっと前、もしかしたら1歳になる前には見ていたのではないだろうか。


 仮にそうだとすればこれまでのアインハルトの行動にもある程度説明がつく。

 子供にしては異常なほど物分かりが良く、利口だったからな。

 しかしながらこれほどのことを我が子ながら一人で抱え込ませていたと考えると、自身の無力さにため息が出る。


「ハァァ」

「どうやらかなり衝撃的な内容だったみたいですね」

「あぁ。とはいえ内容に関して話す事ができない。だが騎士団の訓練には今まで以上に力を入れ、戦闘力の底上げを行ってくれ」

「近頃魔物の出現頻度が増えてきていたので私個人としてはその案に賛成なのですが、急な戦力の増強は周辺の領主が黙ってないと思いますがいいんですか?」

「構わん。それに関しては何とかする。例えば領内から近ければ他の領地であろうと無償で魔物の退治を行う等の案を出すつもりだ」

「無償はあまりにもこちらに利が無さすぎます。いくら実戦経験をつめると言っても、移動の際に必要な物資や戦闘で消耗する武具もタダではないんですよ?」


 ライナスの言い分はもっともだ。

 自領ではなく他の領地、ましてや懇意にしているわけでもない領地の為に態々こちらの金と人的資源を使って魔物討伐だけを行うのはあまりに生産性がなさすぎるからな。


「わかっている。ただ金に関しては鉱山と魔物討伐から得られる魔石や加工品の利益で十分賄える。それに周辺の領主には追加でもう一つ条件を飲んでもらうつもりだ」

「追加で飲ませる条件の内容は?」

「息子であるアインハルトの護衛騎士団の運用に賛同してもらう」

「はい!?」


 俺の言葉にライナスは目を大きく見開き驚いた表情を浮かべる。

 ライナスの後ろに控えているアルフレッドもライナス程ではないが驚いた表情を浮かべていた。


 無理もない。

 俺もアインハルトから提案されたときは驚いたからな。

 とはいえ話を聞いてから考えると、案外悪くない案ではある。

 ただ前例がないというだけで……


「いやいやいや、流石にそれは不味いでしょ! どんだけ親バカなんだって話ですよ!」

「言い過ぎだぞライナス」

「言いたくもなりますよ! だって普通に第二騎士団として運用すればいいところ、御子息の護衛騎士団にしようってんですから!」


 最もだ。

 ただアインハルトの言っていた未来が訪れるのであれば、それは最悪の選択だ。

 専属の護衛騎士団であれば、領地の緊急時であろうとも護衛対象を優先するのは自然であり、何ら不自然ではない。


 しかしながらそれが領地所属の騎士団となれば話は変わってくる。

 領地を守るための騎士団が領地の緊急時に領地ではなく領主の家族を優先し戦力の大半を残し、尚且つそこに暗殺者が現れたとなるとかなり不自然であり、知っていたのではないか? と疑われる危険性すらある。


 そこから変に未来が読める人間が居るかもしれない……なんて噂が出るのだけは何としても避けたい。

 そんな疑いを持たれていいことなんて一つもないからな。


「まぁ聞け。とりあえず当分はアインハルトの専属護衛騎士団として運用するが、後々は領地所属の騎士団へと変更するつもりだ」

「それなら最初から領地の騎士団として運用すべきです。態々御子息の護衛騎士団という活動の制限をつける必要は全くありません」

「それについては将来のためにアインハルトに騎士団の指揮権を与え、運営と運用を学ばせようと考えているからだ。アインハルトが動かすとなればそれなりの制限を設けておく必要はあるだろ?」

「いや流石にそれは時期尚早です! 御子息はまだ3歳ですよ! グレゴール様も教育係をまだつけていないという事は何らかの不安要素があるということですよね? そんな状況で騎士団の運営と運用をさせるなんて無理があります!」

「……確かにな」

「でした……」

「ただそれは昨日までの話だ。今日アインハルトと話をした結果、十分以上に資格があると判断した」


 そう力強く断言すると俺とライナスの間に沈黙が流れる。

 そして少しして、諦めたような表情と共にライナスが深いため息をつく。


「中央の反発はすごいと思いますよ」

「かなりの額を使うことにはなるだろうな。勿論俺の独断で行う以上、俺の所有する商会から出す」

「かなりって……小さい領地から見たら数年分の税収ぐらい行きますよ?」

「それでも強行する必要がある」

「意志は強いみたいですね。それにお金も領地の税収を使われないとおっしゃられた以上、私からはこれ以上の進言は致しません。ただし私は止めておくように進言したという事実はお忘れなきようお願いいたします」

「お前こそアインハルトが俺以上の傑物に成長した場合、それを止めようとした事を反省しろよ?」

「自称傑物の主人にはもう少し部下のことを考えてほしいものですが……もし仮にそうなった場合は、喜んでアインハルト様に頭を下げ誠心誠意謝り、心の底から忠誠を誓うことを今ここで誓いますよ」

「その言葉絶対に忘れるなよ? 俺が何としてでもそうなるようにしてやるからな」

「私の誓い程度で次代の傑物が約束されるなら、いくらでも誓いますし頭も下げさせていただきます」


 ライナスはそう言ってワザとらしく頭を下げる。


「まぁいい。そういうことだからこの後の演習はライナス、お前に任せる。後円滑に運営させるために元々の騎士団から何人か移動させる予定だから、良さそうな奴をリストアップしといてくれ」

「本当に人使いが荒いんですから……」

「頼んだぞ」

「お任せください」


 俺の言葉にライナスは今まで以上に真剣な表情でそう答え、胸に拳を当てキリッとした騎士らしい雰囲気で頭を下げる。

 

「話は以上だ。戻って仕事を進めてくれ」

「かしこまりました。それでは失礼致します」


 そう言ってライナスが部屋から出ると同時に、先ほどまで部屋の隅で無言で待機していたアルフレッドが俺の机の前まで歩み寄ってくる。


「聞いての通りだ、アルフレッド。これから頻繁に手紙等のやりとりをすることになるだろう。くれぐれも間違いのないよう頼む」

「かしこまりました。旦那様」

「後、セリスにも手紙を出しておいてくれ。アインハルトの指導を頼みたいと」

「セリス様にですか? ……よろしいので?」

「俺との関係を隠し冒険者として貴族の情報収集を頼んでいたが、状況が変わった。使えずに後悔するぐらいなら使って後悔しない方を選ぶ。それに他にももしもの時に切れるカードはいくつかあるしな」

「かしこまりました。すぐさま手配いたします」

「あぁそれと情報だけが先に出回らないように細心の注意を払ってくれ、この部屋にも俺以外の入室が無いよう注意してくれ」

「はい、承りました」

「以上だ。アルフレッドも下がっていいぞ」

「それでは私も失礼致します」


 そう言いてアルフレッドが部屋を出るのを確認してから、俺は背もたれにもたれかかりながら大きく息を吐く。

 ここから怒涛の勢いで事を動かす。


 反対勢力に妨害される前に、実行するためにはスピード感が重要だ。

 当面はゆっくり寝ることは叶わないだろうな。

 とはいえそれで妻と息子を守れるなら、安いものだ。


 例えここまでやって何もなかったとしても、それはそれで良かったと安心できるし、全くの無駄になるというわけでは無い。

 ただアインハルトの言ったことが実際に起こるというのならば時間との勝負ではある。


 本来ならかなりの被害を被るところを、被害を抑えつつ更には戦力を分けて妻と息子を守ろうというのだ。

 どれだけ戦力があったところで過剰なんてことは無い。


 俺はそんなことを考えながら家族を絶対に守るという覚悟を決める。

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