第63話

自分に失望したのはいつだっただろうか。

中学上がる前ぐらいだったか。

愛想笑いと馴れ合いを続けていた頃だ。

当時の自分は幼い頃から家庭に特殊事情を抱えていたからこそ一層、他人を傷つけないように立ち回っていた。幼少期から頭は回る方だったため差し障りなく踏み込み過ぎないように接することは容易かった。そのことを他人に気づかれることもなく自然に振舞っていた。誰にも気づかれないと、本気で思っていた。誰からも違和感を抱かれることなく仮面を被った生活を送っていた。

無論、他人に勘づかれることはなかった。

たかが中学生が作り出した仮面だったが、それでも同じ中学生には十分通用していた。

けれど最も知られたくない存在に気づかれてしまった。

現実からは目を背け理想からは背を向けていたのに、気づかれてしまった。

自分自身に。

その瞬間、確実に変わった。

自覚してしまった。自認してしまった。

自分の弱さを。

自分の醜さを。

自身の浅ましさを。

全てが嫌になった。

自分の虚しさを他人に埋め合わせてもらおうとしていたこともそれを躊躇なく行動に起こせていた自分自身にもそれが出来てしまうほどの聡明さも。

人間の醜さを嫌という程知っていたにも関わらずそれを忘れて自らに組み込もうとしていたことが怖くなった。

別に自分が高潔な人間とも高貴な人間とも思っちゃいない。

むしろ逆だ。

自分が愚かすぎて汚すぎて醜すぎて浅ましすぎることの埋め合わせとして他人を利用したことが許せない。

怖い。

自分も、人類も。

だから一人でいようと思った。


誰にも関与しないから誰からも関与されませんようにと願った。


誰にも優しくしないから誰からも優しくされませんようにと祈った。


誰のことも理解しようとしないから誰からも理解されませんようにと熱望した。


誰にも迷惑かけないから誰からも迷惑をかけられませんようにと切望した。


誰のことも傷つけないから誰からも傷つけられませんようにと希った。


俺は俺のことを理解している。

誰よりも理解している。

昼休みに友人と昼食を食べることも放課後にどうでもいい話を楽しげに交わすことも登校中に隣に誰かがいることも友人の恋愛事情に本気で相談に乗ったりファミレスでバカみたいに騒ぐことも困っている人を見たら助けてあげることも困った時に助けてくれる誰かがいることも。

いつもそばにいて支えてくれる人が現れることも俺の人生には、ない。

それだけの資格を俺は持っていない。

どこか名も知れぬ土地で野垂れ死ぬのがお似合いだ。それだけのことを俺はしてきた。

誓ったはずだろ。

己のくだらないプライドに懸けて。

それなのに、触れてしまったから。

その温かさが心地よかったから。

隣に誰かがいることが楽しいと感じてしまったから。


だから、俺は、終わらせる、べきだ。


アイツらのために?

いや、違う。


自分のためだ。







平日のこの時間は生徒を授業を受けるはずだ。制服姿の瑠璃が本来ここにいることはおかしい。人に言えることではないが。

「私も人のこと言えないね。じゃあ同じサボり仲間だ!」

「……………」

ベンチの背もたれに頭を乗せ視線を空へと戻す。

「何か、あった?」

同情が混じった声色に苛つきを感じ、ぞんざいな返事した。

「……………なんもねえよ。元々俺の人生には何もないんだから」

何もなく、ただの空虚で空白な人生。

そのはずだった。

「………そっか」

そんな返事に憤る素振りもなく、瑠璃はベンチの反対側の空いているスペースへ座り、同じように空を見上げる。まるで過去を思い出すかのように。

「私ね、中学の時イジメられてたんだ」

軽口を叩くように呟いた一言はあるいは聞き逃してしまいそうなほどで、一瞬言葉の意味がよく分からなかった。その数瞬後ハッとして視線だけ瑠璃に向けるとその横顔は軽口を叩いた後とは思えないほどあまりにも苦しそうだった。

「イジメられたって言っても表沙汰になるようなことじゃなくてね、靴が隠されてるとか

教科書が破かれてるとか机に落書きされてるとかそんなレベルのものだったんだけど。

私、昔から可愛かったからそれはもう一週間に三回は告白されていたね。けど一度も誰とも付き合うことは無かった。琴線に触れる男子はいなかったんだ。告白する男子はみんな口を揃えて『可愛い』しか言わなかったから。あるいは一度でも誰かの告白を受けて付き合ってたら状況はまた変わってたのかもしれないけど、それはもう無意味な仮定だね。

だから、女子からは憎悪嫉妬羨望とか悪感情を買われてた。男子からは……逆恨みかな?

まぁほとんど味方はいなかった。周りは敵だらけ。まさに四面楚歌だよ。歌なんか聞かなかったけどね、悪口は聞いたけど。

勿論、反抗はしなかったよ。したら藍に迷惑かけちゃうし。これは私の問題で、藍には一ミリも関係ないからね。

そりゃ当然死のうとは思った。これ以上辛くなるなら死んだほうが楽だって。生きる意味も希望も、当時は見失ってたから。

けど藍が止めてくれた。藍は私がイジメられていたことに気づいていたかは分からないけど、だけど何かあるってことは分かってたみたいで、一言『私がいるから』って。

それを聞いた時は泣いたよ。大号泣。初めて妹の前で泣いたよ。

そっからさ、藍のために生きようって。

妹が困ってたら命を懸けてでも助けてあげられるお姉ちゃんになろうって。

藍が私の生きる希望になった。

だから、今は藍に生かされてるし死ぬ時は藍ために逝く。

藍のための私なんだ」




想像よりも遥かに過酷な昔語りを聞き、以前藍にされた頼みごとの意味が今ようやく理解できた。けれど結論は、変わらない。

空は、まだ青い。

「茜が今何を考えてるかは分からない。私は茜じゃないから。だけど妹のためのお姉ちゃんであると同時に弟のためのお姉ちゃんでもあるんだよ。弟が困ってたら助けてあげるのがお姉ちゃんの役目なんだ。多分、解決はできないけど話くらいなら聞いてあげられる。

胸ならいつでも貸してあげる。

…………だから、抱え込まないで?」


やめてくれ


「私じゃ力不足かもしれないけど、話すだけで楽になるよ?」


これ以上踏み込むな


「…………お姉ちゃんに、少しは頼って?」


優しくしないでくれ


「…………私が、いるから」

「もう、やめてくれ!!!!」

ダムが決壊した。あるいは表面張力ギリギリの水が溢れた。今まで必死で堰き止めてきた思いが溢れ出てしまう。

もう、止められない。

「もう関わらないでくれよ!優しくしないでくれ!側にいないでくれ!辛いんだよ、その優しさが!俺は優しくされるべき人間じゃないんだよ!最低で最悪で害悪な人種なんだ!

俺はいない方がいいんだよ!

おかしかったんだ、この日常が。

俺が誰かと笑い合ってるこの日常が。

………………もう疲れた。

今まで一人だったのに、誰かがこうして構ってくれることに。

贅沢なことを言ってるのは分かってる。

だけど、だけどだ。常識はずれのことに関わることで面倒なことが次々と山積してきて。

俺には関係なかったのに。

俺にはどうでもよかったのに。

……………もう、キャパオーバーだ。なんで俺が命の危機に瀕してまで行動しなきゃいけないんだ。俺が守りたいものも俺が誰かの事情にどうこうする権利も義務もなかったのに。だから、今の環境を全部捨てたい。もう休みたい、もう関わりたくない。


ーーーーーーーーもう、居なくなりたい」

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ダブル 〜二重人格者が送る高校生活〜 hy @hyhyy

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