概要
認知症の母が見つめる座布団には、半世紀前に逝った二十歳の父が座っていた
八十歳の柴田香蘭は、毎朝お茶を二つ淹れる。
一つは自分の分。もう一つは、五十年前に川で溺れた少女を助けて死んだ、夫の分だ。
向かいの座布団には、二十歳の夫が座っている。
死んだ猫が布団の上で眠り、死んだ犬が三和土で待っている。
認知症の診断が下りても、香蘭は穏やかに笑い、誰にでも礼を言う。
だが三人の娘には、母の穏やかさがいちばん苦しかった。
介護を一人で抱える次女。
父の記憶を守ろうとする長女。
父を知らずに生まれ、父を描こうとする三女。
母は毎晩、ノートに「ありがたかったこと」を三つ書き続けてきた。
五十年、百冊を超えて。その帳面には、感謝だけが書かれていたのではなかった。
英雄と呼ばれた夫を、なぜ責めなかったのか。
なぜ川沿いの道を避けつづけたの
一つは自分の分。もう一つは、五十年前に川で溺れた少女を助けて死んだ、夫の分だ。
向かいの座布団には、二十歳の夫が座っている。
死んだ猫が布団の上で眠り、死んだ犬が三和土で待っている。
認知症の診断が下りても、香蘭は穏やかに笑い、誰にでも礼を言う。
だが三人の娘には、母の穏やかさがいちばん苦しかった。
介護を一人で抱える次女。
父の記憶を守ろうとする長女。
父を知らずに生まれ、父を描こうとする三女。
母は毎晩、ノートに「ありがたかったこと」を三つ書き続けてきた。
五十年、百冊を超えて。その帳面には、感謝だけが書かれていたのではなかった。
英雄と呼ばれた夫を、なぜ責めなかったのか。
なぜ川沿いの道を避けつづけたの
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