「メイちゃん。あんたの思惑を聞きたいんやけどええか?」
「思惑といいますと?」
「うちらは事実上の同盟関係。そんなら互いのゴールを明確にした方が連携しやすいやろ?」
聖女ルイスが帰化してある程度経った頃の夜中。私は彼女の元を訪ねていた。あの聖女はあろうことか深夜に私を呼び出したのだ。本当にありえないと思う。この聖女には社会的な常識が存在しないのだろうか。
しかしこの口振りからするに私如きの考えはお見通しというわけだろう。本当に嫌になってくる。やりにくくて仕方ない。だが彼女に言うことは一理あるのも事実。私とルイスが目指す場所が同じとは限らない。だからこそ認識の擦り合わせをし、互いに協力出来るところは協力する。たしかにこの方が合理的だ。合理的だけれども……深夜2時は勘弁してほしい。
「それではまずはルイスの目的から聞いてもよろしいですか?」
「世界征服や」
「おやおや。随分と大きく出ましたね」
これは冗談ではないのだろう。彼女にはそれだけの力があるし、その気になれば今すぐにでも世界征服は可能なはず。しかしそうしていない。それはてっきり世界征服なんかに興味がないからだと思っていたが……
「でも勘違いせんでほしいんやけど、王様になりたいわけでもないんよ」
「ふむ」
「どこかの国に世界征服させて、うちは政治に口出し出来るポジションに就きたい。それが狙いや」
「なるほど」
「そんでうちが目をつけたのはあんたの国……ヤミ国や」
そういうことか。私達に世界征服させ、自分は表に出ずに裏から手を引きたい。それが聖女ルイスの狙いだ。しかし疑問に思うのはどうして私の国なのか。彼女ならば、エルフの国でも良いはずだ。わざわざ異種族の国でなくとも……
「世界征服ってするのは容易いけどその後の管理が大変なんよ。それこそ並大抵の統治者が長くは持たへん。エルフのライ将軍じゃ絶対に無理や」
「たしかに一理ありますね。あれは優秀な方とは思いますが、貴方の言うような世界ならば少し荷が重いのも事実」
「でもあんたなら可能やろ。メイ第二王女様」
「それは過大評価です」
「そうでもあらへんやろ。ボウショク様として名を馳せたあんたなら不可能じゃないはずや」
そのことを知ってることに驚きはない。それこそお父様や教皇も私がボウショク様だと知っている。ルカも知ってるし、他の公爵や伯爵も知っている。そこまで多くの人が知ってるのだから漏れていても不思議じゃない。
私だって最初から神様になろうとしたわけじゃない。ただ最初は色々と聞いてくるヤミ国にアドバイスをしていただけに過ぎない。そしたら大衆が勝手に私を信仰するようになって、気づけば宗教として発展したいただけの話。そして私も都合が良かったので、それに乗っかった。
「……別に私はそこまで野心があるわけではないのですが」
「人間領を統一したくせによー言うわ」
「必要なことでしたから」
なにせ既存の宗教は禁欲が軸だ。欲望の抑制や神への忠誠を重視するそれらにとって個人の幸福を追求することを美徳としたボウショク教の考えなど受け入れ難いもの。それこそ不届き者の集まりとしか見えないだろう。それ故に私達は差別されたし、迫害された。だからこそ他国は滅ぼさざるを得なかった。そうしなければ殺されるのは私達だったから。
「しかしその様子だと私が帰化を要請することも想定内でしたか?」
「想定内とまでは言わんけどプランの1つとしては考えとったよ。カオリのこともあるけど、うちにとってもヤミ国への帰化は都合が良かったから応じただけや」
相変わらず底が見えない。どこまでが予定調和なのか。皆目見当もつかない。ただ確信を持って言えることはルイスは遅かれ早かれ確実にエルフを殺すつもりだったということだけ。結局のところ私は彼女を上手く丸め込んだつもりで、利用されているのだろう。
「うちな。あんたには一目置いとるんよ」
「そうですか」
「ヤミ国は宗教国家。せやけど宗教の上に国があるわけやなくて、国を運営するために宗教が利用されとると評した方が正しいやろ。明らかに既存の宗教国家とは根本的に在り方が違う。神権政治を採用しとらんのがなによりもの証拠や」
たしかに言われてみればそうである。私個人の考えとして宗教というのは人を豊かにする道具にしか過ぎない。そういう私の考えが反映された結果としてのことだろう。だからヤミ国は神権政治にはなっていない。もっとも私という神様が実際に政治をしてるのだから、ある意味では神権政治なのだろう。しかし世間で言われる神権政治とは別物だろう。
「ボウショク教は信仰を集めるための宗教やない。国家運営をスムーズにするための道具でしかないんやろ?」
「はい。その通りです」
私は政治をスムーズに行いたかっただけ。だから信仰心とか教義とか心底どうでもいい。そんな考えだから政治に適した形の宗教になったのだろう。最初から政治のことを考えて設計したら、そうなるに決まってる。
「せっかくの機会やし、1つ聞きたいことあったんや」
「なんですか?」
「ボウショク教の基本的な考えとして個人の幸福追求を最優先するってもんがあるやろ?」
「そうですね」
「その背景にあるのは満たされることで他人を思いやれる余裕が生まれるという考え。ようするに自分が満ち足りてなければ他者を気遣えず、その結果として治安が悪化する。だからこそ自分の幸せを優先させることで治安維持をしようとしたんやろ?」
「はい」
ルイスの言う通りだ。しかしそれがなんだと言うのだ。空腹の人は隣人に食事を譲る余裕はないが、満腹の人は食事を譲れる。それを幸福に置き換えただけの話。そんな当たり前のことをなにをいまさら言ってるのやら。
「その考えの根幹にあるのはマズローの欲求段階の考え。地球でも十九世紀半ばまで生まれなかった哲学や」
そんなに遅かったのか。地球の歴史は詳しく知らないから少しだけ興味深い。この程度の考えなどもっと早く生まれてもいいと思うのだが……
「昔の価値観では、人の幸福は神に仕えることや、来世の救済を重視され、現世での幸福は罪深いことだとすら思われとった」
「他の宗教と同じですね」
「だからこそ聞きたいんや。そういうのが当たり前の中であんたはどうやってその答えに行き着いたんや?」
「どうやってと言われましても……」
普通に考えれば分かるだろうとしか言えない。個人を観察し、どういう時に人に優しくしたり、気遣ったり出来るのかという点を分析すれば誰にでも分かる。なにせ明らかに規則性があるのだから。私はその誰でも気付けることを言語化し、思想として伝えただけ。そんなに驚かれるようなことはしてないはずだ。
「まさか……無自覚なんか?」
「はい。正直なにに驚いてるのやら……」
「あんたの導き出した答え。それは人類が数千年かけて行き着いた答えや」
「……冗談ですよね?」
「思考自体は驚くもんやない。うちらの世界でも当然に浸透しとるもんや。せやけど、禁欲や自己犠牲に集団主義が中心としとった時代に涼しい顔して導き出すのはまさしく偉業。哲学の歴史を振り返っても、こんな短期間で答えを導き出した事例は存在せえへん」
それにしても話がズレていく。私がボウショク様であることも私の天才性の話も本題ではない。今回の話は認識の擦り合わせだ。まぁでもここまで深堀りした話をしたのだ。せっかくだし私の話も聞いてもらおう。話が少しだけ楽しくなってきた。ルイスだけが話したいことを話すのは不平等。私の話を聞かなきゃ帳尻が合わない。どうせこの後に予定はない。長引かせても困ることはない。もうなるようになれだ。
「……基本的に私。宗教って大嫌いなんですよね」
「宗教を立ち上げたあんたがそれ言うんか?」
「だっておかしいですよね。性に関することは"原罪"と結びつけられて、堕落や背徳の象徴とされる。つまり悪いこととして扱われる」
「せやね。いわゆる禁欲的な側面やな」
「そのくせに殺しは聖戦なんて言葉で美化する。殺しは最大の人権侵害。エロの方が殺しより重いわけがないでしょう。それに疑念も抱かず信仰する奴らは本当に反吐が出る」
宗教が嫌いだ。あんな非合理を私の魂が受け付けない。人をそれっぽい言葉で唆し、非合理を人に強制する行為が解せない。死後の世界なんて言葉で騙し、人に不便を強いる。死んだら人間残るのは骨だけ。それで終わりでその後なんていうものは存在しない。しかしらしくないことをした。
だめだ。宗教の話になるとどうも感情が入り、乱暴な言葉が出てしまう。本当にそれだけは反省しなければ。
「もし貴方が宗教を全て潰すと言うなら貴方の計画に乗っても良いですよ」
「宗教を無くすなんて無理や。人が生きる意味を求め、死の恐怖から逃れられへん限りは消えへんよ」
「ならば言い方を変えましょう。実態を持つ神を全て殺せるならば貴方に手を貸しましょう」
「実態のある神?」
「私は人が信じる神には二通りいると思うんですよ」
「ふむ」
「権威を持つ神と持たない神。前者は世間一般でイメージされる神であり、後者は科学や自然という概念そのもの。そして私が殺したいのは前者」
「そういうこと。あんたは宗教やなくて神を無くしたい。信仰対象を偶像やなくて存在するものに置換したいんやな」
「はい」
この世界に信仰がない人間なんていない。どんな人でもリンゴは手を離せば落ちると信じてる。それもある種の信仰だ。科学の重力という要素を信仰してるからこそ疑わない。暴言を吐けば人は不快に思うということを疑わない人はいない。それは相手に気持ちがあり、自分と同じように感じると信仰してるから。そういうものまで無くすのが不可能なんてことは私だって分かる。だから多くは望まない。あくまで置換で構わない。
「非合理に見えるかもしれへんけど、その宗教に救われる人もおるで。それも否定するんか?」
「その非合理で傷つく人もいますよね?殺しを正当化することで救われる人がいるから、殺しを正当化していいはずがない」
私の殺しも正当化はされない。殺人は等しく悪だ。良いことなんですなんていう主張は私がさせないし、許さない。それは私も例外ではない。
「科学や自然法則を信じることは合理的や。せやけどそれだけで人間の感情や価値観のすべてを満たせるとは限らへんよ。それこそ愛や夢、希望といった非合理的なものも人間の生きる意味やと思うで」
「私もそう思います。しかしそれは神が与えるものではない。人が自身の手で掴み取るものです」
誰かを愛するのは神様の功績じゃない。その人の選択だ。その人が愛したいと思ったから愛している。神様の功績になんかしてたまるか。希望も夢も神様が与えるものじゃない。人が自分で見出すものだ。
「信仰や宗教が持つ文化的・精神的な側面を軽視してええんか?」
「殺しを正当化するならば私は軽視します。殺しを正当化する文化が尊重されるなんてことはあってはならないのです」
「ええよ。あんたの神殺しに手貸したる。その代わりあんたはうちの世界征服に加担するの忘れへんでな」
世界征服か。そうなるとエルフとの戦争はやむなしだろう。もっともあと3年もすれば戦争になっていただろうし、そこまで悲観するほどのものでもない。あくまで少し予定より早まっただけだ。
「しかしルイス。私からも1つ聞きたいのです」
「なんや?」
「貴方はどうして世界征服などしたいのですか? その先になにを見据えていますか? それとも世界征服という行為がゴール地点なのですか?」
「……あくまで世界征服は通過点や。うちが見据えてるのはその先や」
「その先ですか」
「うちは人類に無限のリソースを提供したいねん」
なるほど。それがルイスが本当にやりたいこと。今の話はあまりに荒唐無稽だ。
しかし面白いし、私の目指す社会にも都合が良い。私は基本的にみんな幸せになればいいと思ってる。そのために個人の幸福を優先させたボウショク様を立ち上げた。だけど現実問題として課題は多い。どうやっても人との差は生まれるし、弱者というものは出てしまう。どんなに足掻いても平等になんかならない。
今の社会はまだ私の目指すゴールではない。社会に自分が幸せであるべきという考えは浸透した。ならば次の課題は弱者の扱い。資産や環境を平等にしても、人間的な魅力やカリスマ性で差は出来る。恐らく弱者はこの世界から消せない。だから私は弱者が弱者のままで幸せでいられる社会を目指すことにした。しかし資源に限りがあるうちはそんなの夢のまた夢。だからこそルイスの提案は魅力的。本当に出来るかどうかはさておくとしても、話に乗るのも悪い話ではない。
それに遅かれ早かれ世界征服に近しいことはしなければならない。彼女が無限のリソースを本当に提供できるかはわからないが、最初からないものだと思えば損をすることもない。
ならば私の出す答えは決まったようなものだろう。
「既存の価値観を否定しつつ、それを破綻させずに再構築する能力。思想を現実の社会システムに組み込み、それを機能させる手腕。それが可能なのはメイちゃんだけ。だからうちはヤミ国……というよりメイちゃんと手が組みたいねん」
ようするに私に期待するのは思考の部分か。彼女に対応した哲学や倫理を生み出せるのは私だけ。だから私でなければならない。もっとも抽象的な理論を机上の空論として終わらせず、実際に社会制度や運営に適用する実務能力とか宗教をツールとして扱う合理性なども評価はされているのだろうが、彼女はそれ以上に私の思考家としての能力に重きを置いている。
「なるほど……そういうことでしたら貴方の夢に手を貸しましょう。聖女ルイス」
ヤミ国はここ数年で一気に大国となった。もちろんエルフとしてはそれは面白いことではない。それこそ遠くない未来で戦争が起こるのは確実とみていた。だからこそ戦争になった際に少しでも楽を出来るように手回しをする。
その一手が聖女ルイスの帰化。魔王復活で大騒ぎしてる中で聖女がエルフを離れるとなれば、国民は様々な反応を抱き、それに国として対応に追われることになるのは確実。上手くいけば勝手に壊滅してくれる可能性すらありえる。だから私は帰化を要請した。その仕込みをこんなにも早く使うことになるなんて想像すらしてなかった。
「そうや。せっかく晴れて同盟関係になったんやし、互いに隠し事はなしにしとこうや」
「……といいますと?」
「上級悪魔ベルゼブブ」
――その単語に耳を疑った。
恐怖が肌を撫でていく。聖女が呟いた名前は誰にも話したことのない私の本名。それをどこで知ったのか。そもそも私の名前を知っているという事実が気持ち悪い。面倒な男に付き纏われ、連日花束を渡されるような不快感すら覚える。
そんな私の表情を見て、ルイスが微笑む。その表情が見たかったと言わんばかりに。
「それがあんたの正体やろ。ボウショク様として神様として祭り上げられた悪魔で間違いないんか?」
「……デリカシーがあまりに欠けています」
「単刀直入に言ったほうが良いやろ」
私がボウショク様というのは国や教会のお偉いさんも知ってることだし漏れているのは不思議ではない。しかしベルゼブブの名前。それだけはどこで聞いたのか本気で聞きたい。私がベルゼブブを名乗って活動してたのは大昔……それこそ魔王ウシカゲが活動していた時代だ。現代において一度もその名前は使っていない。それなのにどうして彼女は知っているのだ。
「うちな。地球の頃に上級悪魔と会ったことがあるんや」
「それは災難でしたね」
「そんときの悪魔が嫉妬のレヴィアタン。うちが前世で殺した」
「……脅しですか?」
「上級悪魔同士の関係性は知らへん。もしかしたらレヴィはあんたの友人だったかもしれへん」
上級悪魔と呼ばれる存在は7柱いる。そのうちの1柱が私。ベルゼブブである。もっとも他の悪魔とは住む世界が違うため面識はない。死んだことは知っていたが、まさか彼女の前世が関与してるとは驚きもいいところ。しかしルイスの指摘は的外れもいいところ。死んで悲しいといった感情はない。だが聖女の言葉が本当ならば私と同格を殺したとなる。悪魔の性質を考えるとこの世界の生き物に殺せるようなものとは思えない。はたして彼女はどのようにして殺したのか。私はそこが疑問だ。
「あんたが手を組むのは悪魔を殺した人間や。それを開示するのは同盟相手に対する筋ってもんやろ」
ああ。どうやら私はとんでもない相手と組んでしまったらしい。今になって少しだけ彼女と組んだことを後悔する。少なくとも彼女は信頼は出来るが、信用していい相手じゃない。その事実を改めて噛み締める。
「まぁよろしく頼むで。メイ第二王女様」
本当に嫌な女だ。心の底からそう思った。
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こちら話の流れは全く同じですが、メイ目線の17話です。最後までどちらを採用するか悩みましたが……ルイス目線の採用とさせていただきました。ただメイ目線も出しても恥ずかしくないクオリティのものですし、本編と矛盾があるものではないため近況ノートという形で発表させていただきました。なにせ2回連続で本編で同じシーンやってもつまらないからね!