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改稿前原稿保管庫 第3話 誓った【薔薇食む】

 私の部屋なのに、シャワーの音が聞こえる。

 弁当。ティッシュ。ビール缶に、通販の段ボール。
 ゴミだらけで、床の模様すら見えない。

 誰も招き入れる気がなかった、プライベート空間。他人がいると、髪を洗われるような、こそばゆい気分になる。相手がお嬢様だから、緊張と背徳感もあるかも。

 少女の名前は『|兎本《うもと》 ナギサ』。
 ナギサと呼んでください、と笑みを向けられたけど、恐れ多くて、ちゃん付けでしか呼べない。

 正直、彼女のことは、理解不能だ。
 部屋に無理やり入ってきて、一緒に死んでと言い放った。

 セクハラ店員よりも、遠い存在かも。
 容貌が優れているから、忌避感がないだけで、目も直視できない。

 今シャワーを浴びさせているのは、時間稼ぎだ。
 彼女とどう接するべきか、今のうちに熟考しないといけない。


「……3年後、一緒に死んでくれませんか? か」


 冗談には聞こえなかった。それどころか、確固たる意思の片鱗を、感じ取る。

 なぜ3年後なのか。
 なぜ死にたがっているのか、
 なぜ酷い言葉を投げかけた私が、なつかれているのか。

 考えれば考えるほど、謎が深まっていく。
 
 シャワーの音が止まり、衣擦れ音とドライヤーの音が、鼓膜を刺激する。
 ナギサちゃんが、来る。


「恵巳さん、お待たせしました」


 私のカットソーを、着ている。ショーツも貸した。デパートで買った、安物。
 見目麗しいお嬢様が身にまとっているだけで、名画のコピーに鼻水をぬりたくるような、背徳感が突き抜けていく。

 目をルーペにして見入っていると、ナギサちゃんは力強く袖をまくった。


「ちょっと、お片付けをしていいですか?」
「片付け?」
「座るスペースもないじゃないですか」


 ナギサちゃんは私に背を向けて、からの弁当箱を持ち上げた。
 床に広がるゴミを拾っては、袋に詰める。
 単純な作業だけど、私にはできない。必要性を感じないし、すぐに飽きてしまって、他に目移りしてしまう


「こんなにいっぱい……。病気になっちゃいますよ?」
「別に、大丈夫だったし」
「あたしはもう難病にかかっているから、気にしないですけど」
「難病……」


 少女の声は、明るく聞こえる。
 背中を向けているせいで、顔は見えない。

 せわしなく動かしている手には、緑の痣。


「その腕って……」
「病気の影響です。青薔薇病の名前は、聞いたこと、ありますか?」


 私は首を横に振った。
 振り向いていないのに、ナギサちゃんは頷く。


「10億人にひとりの病気らしいですよ」


 10億人。
 途方もない数字で、実感がまったく湧かない。
 

「体にツタみたいな緑の痣ができて、青い薔薇が咲きます」
「咲く……?」
「正確には、皮膚が変性したものみたいです」


 彼女の薬指には、まだ青薔薇が生えているけど、しおれはじめている。


「この病気のせいで、あたしは3年後に衰弱死するそうです。おかしいですよね」
「ナギサちゃん、何歳?」
「中学3年生です。15歳」


 私の半分……。


「高校卒業、できないんだ」
「そうですね」


 ニュースキャスターみたいに、淡々と肯定された。


「死ぬって知った時、考えたんです。一緒に死んでくれる人がいたら、素敵だなって」


 15歳で、そんなこと、考えなくても。


「恵巳さんが言ってくれて、あたし、すごく嬉しかったんです! 好きに死ねよって。頭から新芽が生えた気分でしたっ!」


 私、そんなつもりで、言ってない。
 否定したくても、言葉がつまる。


「パパもママも、あたしを見てくれない。ものめずらしい悲劇の娘が欲しいだけなんです。あたしの死をドラマチックにして、見世物にしようと……」


 イバラのように、とげとげしい声。


「保険会社の社長になりたいからって、女優の仕事が欲しいからって……」


 ナギサちゃんは、ゴミ袋を縛り、どうでもよさそうに放り投げた。

 私が中3の時って、何してたっけ。
 反抗期で、くそばばあと連呼した記憶しかない。


「本当、あたしのこと、なんも見てないんですよ。あの、クソアホな両親」
「…………くそあほ」


 端正で、非の打ちどころのない唇から出てきた、4文字。
 私の中で、すとんと落ちた。
 今まで芸術品のように思えていた、お嬢様の後姿が、なじみ深いセピア色に変わっていく。


「……3年後」
「ダメ、ですか?」


 脳裏に、顔が浮かんでいく。
 お父さん。お母さん。弟。会社の同僚。過去に出会った、人々。

 彼らが消える姿を想像しても、胸が痛まない。


「一緒に、死んで、あげる」


 こんなのは間違っている。脳が叫んでも、抑えられない。
 涙腺が潤う。
 口角が吊り上がる。
 背筋が、夜風を浴びた綿あめみたいに、震えた。

 心だけじゃない。
 体も、欲している。

 退廃的で、後ろ向きな、歩みを。


「本当にいいんですか?」


 振り向いたナギサちゃんの瞳は、涙を|湛《たた》えていた。


「3年だけなら、生きていいかなって」
「恵巳さん……」


 ゴミくさくなった指先が、皮膚から青薔薇をむしり取る。
 手渡されて、匂いを嗅いでも、何も感じない。
 意味もなく花弁を一枚口に含むと、経年劣化したプラスチックみたいに、ボロボロと崩れた。
 作り物以下の、なにか。

 私は、3年後、ナギサちゃんと、死ぬ。

 これでいいのかなんて、今の自分にはわからない。
 でも、ひとつだけ、ハッキリしてる。
 兎本ナギサの気持ちは、ドライヤーのコードみたいにねじ曲がっていて、安心するの。








【後書き】
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

次話から本格的に、2人の歪な3年間がはじまります。

危うくて、ピクニックみたいに死へと向かう、お話。

この関係性をもっと見たいと思って頂けましたら、☆評価や♡応援、レビューをして頂けると嬉しいです!

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