煙が弱々しく漂っている。
私のおばあちゃん。正確には父方の祖母はとても古い人で、小さい頃からよく色々なことで怒られた。正座をしなさいとか、食べるときは黙っていなさいとか。あと、お箸は右で持ちなさい。何よりもこれが苦痛だった。
お箸はこうやって持つの、
違うでしょ、
どうしてできないの、
みんなできるのに。
ぎこちなくおかずを掴んだり、ご飯を口に運ぼうとしてこぼすのを見られるたびに小言を言われて、私はとうとう食べることをやめて泣いた。けれど、泣いたからって許してくれるような人じゃない。
ムスッとした表情で私をじっと見て、じーっと見て、見続ける。
私が泣き止むまで。
その間、お母さんはなんとか取り繕おうとして、お父さんはなんだか知らないけどビールを飲みながらヘラヘラしていた。おじいちゃんはいつもずっと黙っている。結局、子供の最大の武器が通じないので、私は仕方がなくまたご飯を食べ始める。そしてまた怒られる。その繰り返しのなかで、私はきっとこの家の子供じゃないんだと思った。
一度、限界を通り越して、もういらないと叫んで泣きながら仏間にある押し入れの中に入り込んだことがあった。そこが私の秘密基地だったから。しばらくしてお母さんが出ておいでと呼びに来たけれど、知らんふりしてやった。もうこのまま死んでやるんだ、なんて思いながらずっと暗い押し入れの中で泣いていた。
どれくらい経ったのかは分からない。子供の感覚では数時間くらい。けどいま思い返せば30分くらいだったかも。
お母さんが一度来た以外は誰も来ないことが不満で、あと、たぶんみんな心配していて、私が戻っていったら、おばあちゃんもおじいちゃんもお母さんもお父さんも、みんなが私に謝って、これからは大事にしてくれるんだと思った。
甘かった。甘すぎた。
テーブルには私の食べかけのご飯がそのまま残されていて、おばあちゃんも座ったままだった。いや、おばあちゃんだけがいた。
結局、小学校高学年になっても私はうまくお箸を持てなかった。その頃にはもうおばあちゃんは何も言わなくなって、私には名前がなくなって、「うちの子はダメでね」と言われるだけのものになった。
いや待って。待って待って、待て待て。
ばばあ、てめぇ自分は散々食事中に喋ってんじゃねぇーか。
ふざけんなよ。なんだよそれ。
そんなことを思って、祖母の遺影の前で私は笑った。
お箸の持ち方は変なままだけど、おかげさまで魚は誰よりも綺麗に食べられるよ。正座もまだ人より長くしてられるよ。
私の中にはいい思い出なんかこれっぽちもないけれど、けどさ、知らない間に死んでんじゃねぇよ。せめて死に目にくらい会わせろよ。こっちの言い分をなんにも聞かないままなんて、許せるわけがないでしょ。
まあでも、しょうがないからこれからは年一くらいで文句を言いに帰ってきてあげるよ。だから地獄でちゃんと待っててね。もちろん、正座して。
手を合わせたまま位牌をじっと見つめていると、線香の煙が顔にまとわりついてきた。私はそれを左手で軽く払い、厚めの座布団からすっと立ち上がる。
じゃあね、おばあちゃん。また来年。