②アオ兄ちゃんとリディア
さて、現在私はまたしても部屋の中にいた。
例の「チョコレートを受け取ってもらわないと出られない部屋」である。
アルトたちに言われた通り曲がって突き当りの部屋に入ったら、チョコケーキもチョコクッキーもチョコモチもないかわりに……
「えーっと、リディア?頭抱えてるけど大丈夫?」
紺色の髪の美青年――アオ兄ちゃんがいた。ぬぅおおお!
部屋の中央にあるテーブルの上には高級そうな縦長のチョコレートの箱。これをアオ兄ちゃんに受け取ってもらえれば部屋から出られるということだろう。
うだうだしていても仕方がない。
「てなわけで、アオ兄ちゃん!チョコを受け取って!」
「え~。そんないかにも義理って感じのチョコは嫌だなぁ」
まさかの断られた!?
アオ兄ちゃんはにこにこ笑っている。この野郎、楽しんでいやがりますね。
「ちょっとアオ兄ちゃん!チョコを受け取らなかったら部屋から出られないんだよ!いいの!?」
「うーん。まあそれは困るよね。ああ、いいことを思いついた」
アオ兄ちゃんが蠱惑的な笑みを浮かべた。
「リディア。あーん、して?」
「は?」
アオ兄ちゃんは私に向けて口を開ける。ご丁寧に自身の口を指で指してくれている。頭のいいリディアちゃんはすぐにわかりました。この口の中にチョコを入れろということなのだろう。ハハハ。
「できるわけないでしょー!!!」
「それってつまり、俺にはチョコを渡せないってことだよね。ひどいなぁ。アオ兄ちゃん悲しいよ」
真っ赤になって叫ぶ私を見て、アオ兄ちゃんはしょんぼりと肩をおとす。が、しかし騙されるな!やつの目は笑っている。このドSがぁ!
「チョコをくれないならいたずらしちゃうよ~」アオ兄ちゃんは言いながら手を伸ばし、自身の膝の上に私をのせた。アオ兄ちゃん、10月と2月のイベントを混ぜないでください。
「アオ兄ちゃんこういうことばっかりするからアルトたちにロリコンって言われるんだよ」
「…うん。この大きさに、匂い、重さ、記憶。やっぱり本物のリディアだ。すごいなぁ。神父様の言った通りだった。この部屋にいたらいいことがあった。リディアに会えるとは思ってもみなかったよ」
「ちょっと話聞いてる!?」
「リディア~。心身ともに疲れきってしまったアオ兄ちゃんを癒して~」
「うん、わかった。話聞いてないね」
アオ兄ちゃんは私を膝の上に乗せたままぎゅっと背後から抱きしめる。すっばらしい笑顔でね。
そこでようやく私はアオ兄ちゃんの異変に気が付いた。
おかしいのだ。アオ兄ちゃんはいつも笑顔だが、その笑顔は子供たちの心をすべて見透かしているような大人な笑顔である。それに対して現在の笑顔は、満面の笑み。感情がそのまま顔に出たみたいな笑顔なのだ。そして決定的なのは……
「アオ兄ちゃん酒臭い!」
「へ?」
アオ兄ちゃんめっちゃ酒くさいのだ。抱きしめられたらアオ兄ちゃんとかなり急接近するじゃない?現在進行形でめっちゃ酒臭いのだ。よくよく彼の顔を見てみれば耳まで赤くなっているし、いつもはキリッとしている紺色の瞳なんてぽや~んと揺れている。
「正直に答えて。お酒飲んだでしょ」
「……うん。神父様がせっかくのバレンタインイベントなんだからはめをはずせって言ってきて、酒でも飲んで酔えって言ってきて~、でも俺酒強いからぁ、酔いたくても酔えないんだよね。だからぁ、ワイン10樽飲んだ。フフフ」
「神父様ぁああああ!己が犯人かァァァアアア!」
すると私が叫んだタイミングでアオ兄ちゃんの目がきゅっと鋭くなった。さきほどまでのふわふわした雰囲気とはうってかわり、殺伐としたひんやりとした空気に変わる。え、なに。急になに?
「リディア、ダメだよ」
「え。なにが!?」
「せっかく俺と一緒にいるんだから、たとえ神父様であっても他の男の名前を出すのはだめー」
「うごご、重たい」
アオ兄ちゃんは「だめー」と言いながら私の背中にのしかかってきた。元のふわふわした雰囲気に戻ってほっとするが、するが、重い!この男、私に全体重乗っけてきてるぞ!?
「ねぇリディア知ってる?表情筋も筋肉痛になるんだよ?」
「そして急に何の話をし始めた!?私は明日、アオ兄ちゃんのせいで全身が筋肉痛になりそうだよ!」
「俺のボス最悪でさぁ。17年間生きてきて片手で数えるくらいしか笑ったことがない人間に……まあ詳しい任務内容は言えないからオブラートで包むと、笑顔を振りまいてガキどもと仲良くなれって言うんだよ。ほんとさぁ、あのクソ王死ね」
「うん、ちょっと待って。その話なに?私が聞いてもいい話しなわけ?」
リディアちゃん汗だらだらだよ?
私の心配はよそにアオ兄ちゃんは大丈夫とうなずく。
「どうせここ現実じゃないし、なにしゃべろうが誰もなにも覚えてない。だから愚痴らせてもらうよ。ほんと復讐のためとはいえ「わーわーわーっ!」もごご…どうしたの、リディア?」
わーわー叫びながら自身の口を押さえてきた私を見て、アオ兄ちゃんはきょとんと首をかしげる。腹立つけど、かわいいよ!
「じゃなくて!どうしたもこうしたもあるか!?しゃべっていいことと悪いことがあるだろ!考えて愚痴って!?」
「…わかった。ボスはガキ、同僚もガキ、敵ガキ、命を狙われている相手ガキ、ライバルもガキ、惚れた女もガキ。俺の周りガキばっかりで笑えてくるんだけど、どうして?」
「うん。私は今アオ兄ちゃんのラインぎりぎりの壮大なネタバレに発狂しそうだよ!?」
結論。酔ったアオ兄ちゃんはやばい。口から爆弾しか出ない。
「はい!結論でました!だからもうこの話はおしまい!チョコを受け取りましょう、アオ兄ちゃん!?」
「ねぇリディア。なんで俺だけ周りのやつらと10歳以上外見年齢が違うわけ?」
「おいぃぃ。まだ話続いてたのかよ!」
私の叫びは無視して、アオ兄ちゃんはムスッと口を膨らませる。
「ていうかさ、ロリコンってなに?惚れた相手がたまたま10歳以上年が離れていただけで、俺は別に幼女を恋愛対象としているわけじゃないんだよね。まあいくら年が離れていようが、どうせ同じ年代で成長止まるからいいんだけど腹立つよね。まあ俺が一番腹立つのは、なんで俺だけスタートが10年早いのかってことなんだけど」
「アオ兄ちゃんんん。もうそこまでにして。これ以上はダメ。ついでに言うと、アオ兄ちゃんの目がどんどん死んできて声がさわやかじゃなくなってきてるからダメ!いつものアオ兄ちゃんに戻って」
「……リディア。いつものアオ兄ちゃんってなに?リディアの知っている俺が、普段の俺と違ったら……どうする?やさしいアオ兄ちゃんじゃなくて、冷酷で目的のためなら手段を択ばないアオ兄ちゃんだったらどうする?嫌いになる?」
「くそ。酒によったアオ兄ちゃんめんどくさっ。神父様責任とれやぁ!」
菩薩のリディアちゃんもここまできたらキレます。
するとアオ兄ちゃんの瞳がうるうると揺れ始め、自身の手で顔を隠してしまった。えぇぇー。
「否定しないんだ。やっぱり、リディアはやさしいアオ兄ちゃんじゃないと嫌なんだ…」
「ちょ、アオ兄ちゃん泣かないでっ。私はどんなアオ兄ちゃんでも好きだよ。やさしいアオ兄ちゃんも冷酷?なアオ兄ちゃんも、アオ兄ちゃんの一面なだけであってみんな同じアオ兄ちゃんでしょ?」
ちなみに私はやさしいアオ兄ちゃんなんか見たことがないですけど。Sなアオ兄ちゃんしか見たことありませんけどね。でもそれも含めて私はアオ兄ちゃんのことが好きだよ。
だから顔をあげて?
そうして無理やり上げさせた顔はまったく泣いていなかった。
「……。」
むしろにこにこしていて、いつものドSなアオ兄ちゃんの顔だった。
「へ~。リディアは俺のことが好きなんだ。アルトとギルあたりに言ったらどんな反応をするかなぁ」
「……もしかして、今までの全部演技」
「俺はね酒には強いんだ。10樽くらいじゃ酔わないよ。慌てふためくリディア、かわいかったよ?」
「……あとで師匠にアオ兄ちゃんを灰にしてもらうんだからァア!」
「そのためにはここから出ないとね~」
「……。」
「最初に言った通り、俺はリディアがあーんしてくれないかぎりチョコは受け取らないよ?」
「このドSがぁあああ!」
くやしい。アオ兄ちゃんに翻弄されてばっかりだ!
アオ兄ちゃんこの顔を見てみろ!絶対にリディアに「あーん」は無理だよねぇ?お子様だからねぇの顔だ。
「負けてたまるかぁ!」
「むごっ。ムードも色気も皆無だな」
アオ兄ちゃんに口にチョコを押し込んで、アオ兄ちゃんが笑いながらそのチョコを咀嚼したときだ、カチリと扉が開いたと瞬間、チョコレートケーキが飛んでくる。
「またケーキ砲!?」
ジークのように顔面ヒットかと思われたが、さすがアオ兄ちゃん。
「不意討ちをねらったのかもしれないけど、殺意でばればれ。スピードも威力も中途半端。100点中20点」
厳しい評価(なんの評価!?)とともにチョコケーキをかわす。
アオ兄ちゃんが私を守るように背にかばったと同時に現れたのはアルトを筆頭とした男性キャラ3人組。
「おいこらリディア!部屋出て左をまがって突き当りまっすぐって言っただろ!なんで右に曲がってんだよ!」
「しかもよりにもよって彼のいる部屋に行くなんて」
「リディアおねえちゃん、今すぐそいつから離れて。即刻離れて」
ジークのときとはうってかわってみんなピリピリしてる。アオ兄ちゃんもニコニコ笑っているがどこかその笑顔は冷たい。何だこの状況。
そんなことを思っていたら、スカンと地面に穴が開いた。黒くて丸い穴だ。
ちなみにその穴が開いたのは私が立っていた場所。つまり突然のフリーフォール。
「えええ!?なにこの展開ーーー」
「リディア!?」
アオ兄ちゃんが私に手を伸ばすが、その手は非情にも空を切る。ノウーーー。
私は真っ暗闇の中を落ちていく。終わりが見えないからまた怖い。
「もーやだぁあああ!誰か助けて!いや誰かじゃないな。ヒロインを助けるのは王子様って相場で決まってんのよ!王子様助けろー!!!」
気が動転してそんなことを叫んだのがいけなかったのかもしれない。
足先が白い光に包まれたと思ったら、私はジークやアオ兄ちゃんのいた部屋と似た部屋にいた。とはいっても落下しているという現状は変わらない。むしろこのまま落ちれば床に激突。リディアちゃんぺしゃんこになって死亡というふうに事態は悪化した。
「うわーん。死ぬ前にお腹いっぱいスイーツ食べたかったぁああ!」
「死なない」
「へ?」
床に激突して全身に激痛が走っているであろう現在、私の体はどこも痛くなかった。そのかわり、私は誰かに横抱きにされていた。落ちてきた私をキャッチしてくれたのだろう。
誰が助けてくれたのだろうか。顔をあげて瞠目する。
すぐまじかに超絶美少女の顔があった。
……これじゃあうまく伝わりませんね。私の目の前にあったのは、桃色のふわふわの髪に、長い睫、牡丹色の瞳、お人形のような美しい顔。落下した私を受け止めたのは、
「リカ!どうしてここに!?」
「……久しぶりだな」
ヒロインを助けるのは王子様と相場で決まっている。でもヒロインよりもかわいい女装王子様が助けるのは、何かが違うと思ったリディアちゃんでした。