こんばんは、千崎です。
諸々止まっておりますが、祖父が入院し、そして亡くなりました。
入院するその日まで自分の足で歩いて病院へ行ったくらいの人で、じわじわと今実感をしているところです。
私と祖父は干支が同じ、60歳差です。
ものごころついてからずっと、祖父は同じ家にいました。大学や仕事で離れたこともありましたが、おそらく10年にも満たないくらいです。
私の人生には、祖父がいるのが当たり前でした。
私の読書や学習面での影響を与えた尊敬する人は母方の祖父(じい様)ですが、こちらは父方の祖父(おじいちゃん)で、私の人格形成に影響を与えた人だと思います。
一緒に旅行にも連れて行ってもらいました。祖父母参観にも欠かさず来てくれて、ものすごく綺麗な藁草履を作ってくれたりしました。たくさんたくさん、遊んでもらったり、お風呂に入ったり、そんなことをしました。
私の家は、古い家です。いわゆる『本家』と呼ばれる家です。けれど祖父は男尊女卑とか、そういうことはない人でした。
もちろん、男の子は望んでいたのでしょう。父には相当厳しかったとも聞きますし、少し複雑そうでもあります。けれど、孫が女ばかりでも、何かを言うようなことはありませんでした。内心どうであれ、そんなことを口に出したりはしませんでした。
自慢に聞こえるかもしれませんし、こういうことが気に食わない人もいるかもしれませんが、たくさん愛してもらいました。
愛されて育ったことは、私の誇りです。
優しいと人に言われることがあります。相手に対して丁寧だと言われることもあります。それはきっと、私がおじいちゃんも含め、多くの人に愛して貰ったからでしょう。
ある方が、人生はパズルだと言ってくださいました。素敵な詩を贈ってくださいました。
最後の最後まで自分の足で歩いた祖父のパズルは、長く生きた祖父のパズルは、きっと大きくて色とりどりなのだろうと思っています。
見送ったらまた笑顔でいるから、少しだけ泣きます。そんな日です。
100歳まで生きているものだと思っていたよ、おじいちゃん。
愛してくれて、ありがとう。それから、おやすみなさい。お疲れ様でした。
どうかこれからも見守っていてください。今度はじい様と、一緒に。
私事でした。
読んでくださった方、ありがとうございました。色々なことが終わったら、また戻ってきます。
やること、たくさんありますね。古い家だからこその部分もありますね。
がんばります。