「この先か……この先に殲滅対象の隠れ家がある」
薄暗い森の中、俺は一人で歩いていた。
チラッと背後を窺えばそこには大量の魔物の死体が転がっており、それは全て俺の手によって引き起こされた惨状だ。
本来であればこんな場所を夜に一人で歩くのは危険だが、俺にはどのような危険があったとしてもそれを跳ね除けられるほどの力がある……だからこうして一人で行動しているわけだ。
「……サキュバスによる襲撃ねぇ」
今回、俺が受けた依頼は最近増加しているサキュバス被害の対処だ。
夜になると突然男が居なくなり、朝方になると精気を吸い取られた状態で街の入口に捨てられるように戻ってくるのだとか。
かつて人間と魔族の間に大きな争いがあったせいで、二種族間の関係性はあまりにも冷え切っており、たとえエルフやフェアリーと言った人に害を全く齎さない種族でさえ人間の見る目は厳しい。
「そんな状況でこんなことが起こればな……そりゃ殲滅依頼が出されてもおかしくはないか」
サキュバスは決して強い種族ではない。
人間の精気を吸い取ることで生き永らえる種族である以上は、どうしても主食である人間の精気を奪うしかない。
一応サキュバスの方もどうにか金を払って人間の精気の源を取引していたはずだが、つい最近また魔族による大きな戦争が起こったのもあって、全面的に魔族との取引は停止してしまった。
そのせいでサキュバスとの取引も停止してしまい、彼女たちは生きるために人間の男を襲撃するしかないのだろう。
「……全く、儘ならない世の中だ」
たとえ争いが起きても、それは戦いが好きな一部の馬鹿のせいだ。
だから魔族のみんなが割りを食う必要はない……こんな風に、俺みたいな考えの奴が増えてくれればいいんだけどな。
「よし、ここだな」
ようやく、サキュバスたちが居るであろう隠れ家に着いた。
それなりのレベルに達した魔物が蔓延る森の中、その奥にある洞窟……サキュバスにとってその魔物ですら襲われたら大変だろうに、こんな所を隠れ家にするほど追い詰められているということか。
剣を片手に洞窟の中に入った。
意識を集中すると奥の方からいくつもの気配を感じる……およそ数は二十程度みたいだが、そのどれも俺の侵入には気付いていない。
「サキュバスか……やっぱエロい恰好してんのかな」
……ふぅ、集中しよう。
気配を殺して進むこと数分、会話が聞こえてきた。
「ねえ……もうお腹空いちゃったよ」
「我慢しなさい……はぁ、早く取引が再開してくれるといいんだけど」
「これも全部あのオーガの馬鹿共のせいじゃん!」
「そうだよ! あいつらのせいで生きてくだけでも大変……うぅ!」
「……落ち着きなさいあなたたち、お腹を満たす前に早く移動しないといけないわ……かなり騒ぎになったみたいだから」
「……こうなったらオークでもいいから襲っちゃう?」
「それはいけないわ。オークの精気は私たちの体と相性が悪い……生き永らえることは出来るけど、今以上に弱ってしまうわ」
「でも死ぬよりは良くない……?」
「……なんでサキュバスなんかに生まれちゃったのかな……サキュバスじゃなかったらこんなことで悩まなくていいのに」
……これは精神的にも追い詰められているようだ。
声からも分かるようにサキュバスの見た目はかなり若く、それこそ人間で言う十代後半から二十代くらいと様々だ。
二十人全員が優れた見た目を持っており、そのスタイルも暴力的で目を奪われてしまうほど……てか露出が凄すぎるなこりゃ。
「……彼女たちを殲滅しろって? そんなん世界の損失じゃね?」
少なくとも俺はそう思う……“転生者”の俺はな。
「取り敢えず……話をしてみるか」
俺は意を決して姿を見せた。
サキュバスたちは一斉にこちらに振り向いたものの、すぐにその表情が恐怖へと染まっていく。
サキュバスは気配察知にも優れており、相手の力量を読むことにも長けている……故に俺との圧倒的な実力差が分かったんだろう。
「あ、あなたは……漆黒のアキト!?」
「へぇ……俺のことを知ってるのか」
「漆黒のアキト……!?」
「王国の英雄がなんでここに……!?」
「わ、私たちを殺しに来たんじゃ……」
「ひっ!?」
どうやらサキュバスの間でも俺のことは知れ渡っているみたいだ。
正直漆黒とかいう中二病極まる渾名は返上したいんだが、もうこの名前はあまりにも広がりすぎて取り消してくれと言っても無意味なんだよな。
小さくため息を吐き、俺は依頼内容を話した。
「俺がここに来た理由は、あんたたちサキュバスを殲滅するためだ」
俺の言葉を聞いた瞬間、彼女たちは一様に恐怖をその瞳に宿らせた。
中央に立つリーダー格のサキュバスだけは視線を鋭くし、俺に対して魅了魔法を発動してきたが、当然俺にそんな物は効かない。
「俺のことを知ってるなら魅了が効かないことも知ってるはずだが?」
「っ……えぇ知ってるわ。でも殺されるくらいなら、必死に抵抗だってするわよ!」
「…………」
サキュバスはその瞳から涙を零した。
どうやらこのサキュバスがリーダー格だと思ったのは間違いなかったらしく、他のサキュバスたちもその涙に覚悟を決めたのか立ち上がった。
今にも魔法が飛んできそうな緊張感が場を包む中、俺は構えていた剣をその場に落とした。
「……え?」
「……?」
俺の行動に、サキュバスたちが目を丸くした。
だがすぐに警戒心を露わにして睨んでくる辺り、何があっても油断だけはしないようだな……それもまた追い詰められている証だ。
俺はヒラヒラと手を振りながら口を開いた。
「あ~……ビビらせてすまない。確かに俺は殲滅依頼を受けてここにやってきたんだが、殺したりするつもりはないんだ」
そう、俺は殺したりするつもりはない……というか、実際に彼女たちを見て改めて思った。
こんなにもエロくて綺麗な女性たちを殺すだって?
それは世界の損失なんてもんじゃない……それはエロを愛する同志たちへの冒涜だ!
「何を言って……」
「騙されないで!」
「そ、そうだよ! 油断させてあたしたちを皆殺しにする気なんだ!」
か、完全に信じてもらえない空気だ……。
こうなったら仕方ないと俺は鞄に手を突っ込み……いやどうしようかと少し悩んだ後、見るのも恥ずかしい物体が詰め込まれた瓶を取り出した。
「分かった! 取り敢えず話をするために、これを飲んで気持ちを落ち着かせてくれ!」
「っ!?」
「そ、それは!?」
「お、美味しそう……じゅる♪」
そう……これは俺が用意した精気の源だ。
王城で会うことのある爆乳王女様や、同じくらいバインバインのメイドさんとのことを妄想してこのためだけに用意したんだ……って何を言ってんだマジで恥ずかしいんだけどこれ!?
話をしよう、敵意はない……それを証明するための最終兵器だったが、サキュバスたちは仲良く分け合った結果、かなり美味しかったらしく落ち着いて話が出来るほどになった。
「なあ、サキュバスたち」
「は、はい!」
「なんでしょうか!」
いきなり従順すぎないか……?
とはいえ彼女たちが栄養補給をしている間、俺は自分にやれることを考えていた。
その上で漆黒のアキトとしてのネームバリューを存分に使い、同時にエロの化身でもある彼女たちが堂々と生きられる方法……それを思い付いたので提案することにした。
「ちょっと聞くんだが……人間から精気を吸い取る際に、ちゃんと加減をすることは出来るのか? 例えばその相手がここまでにしてくれと言ったら止めたり、お前たちの判断でこれくらいでいいかなと判断して止めたりとか」
「それはもちろん可能よ。最近は生きるのに必死すぎてね……でも余裕があれば相手の状態をちゃんと見て吸精出来るわ」
「それだけ聞ければ上等だ――なあお前たち、俺が作ろうと思ってる娼館で働く気はないか?」
そう……俺が思い付いたのは娼館だ。
娼館と聞くといやらしい店を想像してしまうのは仕方ないが、サキュバスのような種族にとってこれ以上ない場所とも言えるだろう。
まああれだな……ちょっと戦い疲れたのもあって、店の経営的なこともやってみたいのと、少しでも人間と魔族の間に架け橋を造れたらと思ったんだ。
「店の経営ってのをしてみたい……後は難しいかもしれないけど、人間と魔族の架け橋に俺はなりてえ……そんでこの世の中を少しでも変えることが出来れば思ってな」
「そんな……ことを」
「……凄い」
「……人間と魔族の架け橋」
俺の語った夢物語に彼女たちはしばらく呆けていた。
だが、これが全ての始まりだった。
最初はサキュバスだけだったのに、色んな種族が安寧を求めて俺の元へとやってくる……そして明らかに放っておけないほどの一大勢力になってしまうのを、この時の俺は全く想像していなかった。
お正月って凄い……連休だからか無限に書けるぞ。