子供は、親を選ぶことは出来ない。
なんて口にした俺は両親のことが嫌いだ……あぁ分かってるよ。
この考え方が親不孝なもので、自分を産んでくれた親に向かって思っていいことじゃない……そんなのは分かってる。
でも……でも俺は、直接口にはせずともそう思ってしまっているんだ。
「あいつ、マジでダメダメじゃね?」
「トムソン様とレティシア様の血を本当に引いてるのかしら?」
「こら、気持ちは分かるけどあまり言うんじゃねえって」
「トムソン様たちは尊敬してるけど、あいつはさぁ……」
今日もまた、俺に対する陰口が聴こえてきた。
その蔭口から逃げるように物陰に移動し、腰を下ろしてはぁっと重くため息を吐く。
「俺だって……好きでこんなことしてんじゃねえよ」
そう一人愚痴を零しても共感してくれる人はどこにも居ない。
「英雄の息子……か」
英雄の息子……それは俺にとって呪いにも近い称号だ。
俺の両親はかつて世界を混沌に陥れていた魔族の長――魔王を打ち取るという功績を立てた。
父と母は最強の冒険者として名を馳せており、王国の招集を受けて魔王討伐の任に就き、見事に最強とも言われていた魔王を倒したのだ。
冒険者とはいえその功績は英雄と呼ぶに相応しく、両親二人は英雄と呼ばれながらも冒険者は続けており、多くの人たちから尊敬されている。
「……はぁ」
そして、そんな二人の間に産まれたのが俺だ。
剣術最強の父、魔法最強の母……そんな二人の間に産まれた俺も当然のように、どんな才能の持ち主なのかと、どんな風に成長するのか期待されていた。
俺も小さい頃は両親の話を聞くのは好きだったし、そんな誰からも好かれて頼りにされる英雄になりたいと思ったもんだ。
けれど、現実は甘くなかった。
簡単に言えば、俺には全く才能がなかった。
剣術も、魔法も……何をやらせても一般的な水準を越すことは出来なくて、俺は両親の持つ才能を何一つ受け継ぐことは出来なかったんだ。
それが俺……不出来な英雄の息子――アーサー・ビギニング
「その結果がこれだ」
普通の生まれなら誰も俺を気に留めることはしなかっただろう。
しかし両親のネームバリューがあまりにも大きなせいで、一般的な水準であっても馬鹿にされ、両親の名を傷付ける不出来な人間の烙印を押されるだけでなく、本当に両親の血を引いているのかとさえ疑われる始末だ。
「ほんと……クソッタレな世界だ」
昔の記憶では、父さんも母さんも俺を可愛がってくれていた。
でも今は家族として必要最低限のやり取りしかしていない……母さんはともかく、父さんはやる気のない俺を情けない人間を見るような目で見つめてくるほどだから。
まあ、母さんはともかくと言ったけど……母さんは父さん寄りだし、もう何も期待しちゃいない。
「……帰るか」
ほぼ、親の七光りで通えている王立学院に背を向け歩き出した。
学院の生徒たちの目から逃げるように、隠れるように自宅へと着く……すると、父さんが庭で剣を振っていた。
筋骨隆々の逞しい体だが、ああはなりたくない。
そんな父さんが剣を振れば、それだけで軽い衝撃波のようなものが被害を出さない程度に広がる……あれを正面から受ければ、きっと俺の体は真っ二つになってしまうだろうな。
「帰ったのかアーサー」
「……ただいま」
「学院ではどうだった?」
「……いつも通りだけど」
「そうか」
会話はそれだけだ。
家に入って真っ直ぐ部屋に向かう途中、母さんが顔を見せた。
「あら、おかえりアーサー」
「ただいま」
母さんは……とても綺麗な人だ。
元々住んでいた村では一番の美人だったらしく、貴族からの求婚さえもあったらしい……でも冒険者になりたかったからと旅に出て、そこで父さんに一目惚れしたらしい。
てか、今日は珍しく二人とも夕方から家に居るんだな。
いつもは夕飯時くらいに帰ってくるのに……早く依頼が終わったか?
「学院での授業はどうだったの? また付いていけなかった?」
「……………」
んだよ……話すことは全部学院でのことばかりで、授業はどうだったかしかないのかよ。
特に答えることもせず、そのまま横を通り過ぎた。
母さんは俺を引き留めるようなことはしなかったけど、僅かに思い遣りを感じさせる言葉でこう言った。
「あなたは私とトムソンの息子よ。きっと強くなれる……強くなって周りの子たちを見返してみせなさい」
「……………」
そんな励ましの言葉も、今の俺はずっとこう思ってる――鬱陶しいと。
▼▽
俺は、自分の境遇について思っていることを黙っているわけじゃない。
父さんと母さんの求める場所……周りの人たちが期待するその場所に辿り着くのは難しいと、あまり期待しないでほしいと二人に言ったことがあった。
でも、父さんと母さんはこうだった。
『それはお前が諦めているだけだ』
『諦めたらそれまでよ。大丈夫、あなたは出来るわ』
ずっと、そう言われ続けた。
友人と呼べるほどの相手も居なくて、学院の教員たちにこんなことを言っても笑われるだけ……だから実の両親にそう言ったのに、諦めるなとしか言ってくれない……だから俺はもう両親に期待するのを諦めた。
どうして俺はこうなんだろう……どうして両親のように強くないんだろうと何度も思ったが、どれだけ自分の才能を疎ましく思っても、俺は俺以外になれない……だから自分を恨めしく思うことも止めたんだ。
「いっそのこと……王都から飛び出して旅でもしたいなぁ……傷心の旅ってわけじゃないけど、煩わしいもの全部捨てて自由に生きてみたいな」
とはいえ、何も楽しみが何もないわけじゃない。
両親も知らない秘密が俺にはあって、それはもうずっと続いている俺の癒しであり楽しみなのだ。
部屋に戻った俺は、一つの分厚い日記を手に取った。
それを開くとすぐに文字が浮かび上がった。
『ねえアサ! リリアを泣かせたいんだけど何か案ある!?』
『ちょっと、なんでそれをアサに聞くわけ? ねえアサ? アサは私にそんな酷いことしないわよね? アサはソーナじゃなくて、私の味方をしてくれるわよね?』
浮かび上がった文字に思わず苦笑した。
「また喧嘩してるのかこの二人は……」
俺はどう思うか……そうだなと、少し考えてペンを走らせた。
この日記は世にも珍しいマジックアイテムの一つで、数ヶ月前に俺の部屋に突然現れた日記だ。
怪しいアイテムだったのは言うまでもないが、色々と荒れていた俺はこれを開いてしまい、それからずっとこの日記に浮かび上がる文字とやり取りをしている。
(本当に……不思議なアイテムだよな)
日記とは言ったが、これは瞬時にやり取り出来る手紙だ。
この文字を書いているのは間違いなくどこかに居る誰かで、俺は一人で勝手に浮かび上がる文字とやり取りしているわけじゃない……そんな寂しい奴じゃないぞ!?
(最初はここまでじゃなかったのに……本当に仲良くなっちまった)
学園には……身近には友人が全く居ない。
しかしこの文字を書いている誰かとは、間違いなく友人と呼べる間柄ではないかと俺は思っている。
アーサーという名ではなく、アサと呼ぶソーナとリリス。
名前と喋り方からしても女性っぽいが、とにかくこの二人は騒がしくていつも楽しませてもらっている。
「……本当に元気をくれるよ」
そしていつも、二人は俺の感情に目敏く気付いてくれて……今日も何かあったのかと聞いてくれたので、また俺は愚痴を書き連ねた。
しかし今回はいつも以上に感情が乗っていたらしく、柵を脱ぎ捨てて旅をしてみたいと……そこまで書いてしまった。
一度書いてしまえば消すことは出来ないし、そもそも書いた時点で向こうに伝わるので誤魔化すことも出来ない。
「……空気を悪くしちまったかな」
そんな風に思ったが……まさかの返事があった。
『ねえアサ、私たちと旅でもしないかしら?』
『全部忘れてさ! 世界を周ってみない!?』
その提案に、ドクンと強く心臓が跳ねた。
何を言ってるんだろうと笑いながら、出来るもんならしてみたいもんだと書いて……そして変化が起こった。
日記が眩しく光り輝き、思わず目を閉じた。
そうして光が収まった頃、目を開けて俺は……唖然とした。
「ふぅ、上手く行ったわね」
「大成功!」
「な……ななななっ!?」
突然、目の前に二人の女性が現れた。
似た顔立ち、ほぼ同じ漆黒のドレス……頭に生えた角と背中の翼、尻尾まで全部が同じだった。
俺とそう歳が変わらなそうな見た目の二人は、こちらを見てクスッと微笑んだ。
「初めまして、私はリリア――魔王の娘よ」
「あたしはソーナ! 同じく、魔王の娘だよん♪」
二人の言葉をすぐに理解出来なかったのは当然だ。
だがしかし、この出会いが俺の運命を変えることになるんだと……その時の俺は直感していた。
偶にはこういう親とギクシャクしちゃう系もいいよね。