いまから1200年以上前、日本は平安時代だった。
平安時代は400年も続いた日本史では最も長い時代とされ(縄文・弥生などの不明な時代を除く)、それまで中国の影響を大きく受けていた文化を日本独自の文化と生まれ変わらせた時代でもあった。
平安時代の都(みやこ)は、平安京である。現在の京都府に位置しており、794年に遷都された。子どもの頃に「鳴くよ(794)ウグイス平安京」とおぼえたものだ。
平安時代というと、雅びやかで平和な貴族たちの時代だったという印象がものすごく強い。実際に政治を動かしていたのは、帝を頂点とした貴族たちであることは確かだ。
ただ平安貴族というのは、現代での印象と少々違っている。どうしても平安貴族というと麿眉(まろまゆ)や白粉を顔に塗りたくった烏帽子姿を想像してしまいがちだ。しかし、平安時代初期の貴族たちは武官なども務めており、ちょっとした戦があると鎧を着込んで戦っていた。これは平安時代中期以降になると、武士たちが登場してその役割を担うことになるのだが、そもそもの武士たちも貴族だったりする(特に武士で有名な源氏と平氏は、帝の血を引くものたちだったりも)。
なんか真面目な日本史の授業をしているような気になってきたな。
そんなつもりはないんです。ええ、ここまでが前置きなんです。
いや、もう少し前置きを書かなきゃ。
平安時代初期、人々の平均身長は160センチ程度だったというのに、180センチ以上もあった大男がいた。その男は体が大きいだけではなく、若い頃は武芸に秀でていることで名を馳せ、文章生(現代の大学生みたいなもの)としても優秀で帝からも目をかけられていた人物であった。
その男の名は、小野篁。最高位は参議。和歌の名手とも知られており、百人一首には参議篁の名で一首残されている。
そんな篁には、奇妙な噂があった。昼間は朝廷の官吏として働いているが、夜になると地獄へ行き閻魔大王の補佐官をしているというものだった。
現在でも、その小野篁が地獄へ行く際に通っていたという井戸が京都の六道珍皇寺というお寺に存在している。
ここまで書けばおわかりだろう。小野篁を主人公とした拙作「TAKAMURA」の宣伝……と思いきや、今回は違うんです。
なんと「TAKAMURA」のAIファンアートをいただいてしまいました!
朝吹さん、ありがとうございます。
篁と花。そして背後にはラジョウです。
AIが平安貴族の衣裳である狩衣などの衣裳を理解してくれずに色々と苦戦したとのことでした。
雰囲気が出ていて、とても良いですね。
「平安京の平和は俺が守る!」そんな感じのセリフが出てきそうです(篁はそんなセリフ言ったことないけれど)。
映画のポスターみたいですよね。ここに「TAKAMURA」とかタイトルロゴが入って来て、脇に作品の煽り文句とかが書かれていたりしたら。
本当に嬉しい限りです。
あ、まだ未読の方は是非「TAKAMURA」もお読みいただけると嬉しいです。
私の作品の中で1、2を争うPV数を誇る作品です。
TAKAMURA
https://kakuyomu.jp/works/16817330655311375914