昼間は汗ばむほどの陽気だったが、夜になると薄着では身震いするほどに気温は低くなっていた。
初夏といえども、まだ端午の節句を終えたばかりの時季である。夏のように一日中暑い日がやってくるのは、当分先の話であった。
北町奉行所の定町廻同心である風間弥平は、その日もいつもの蕎麦屋で猪口を傾けていた。
「旦那っ、風間の旦那っ!」
叫びながら蕎麦屋に駆け込んできた者がいた。名は徳次郎といい、弥平の部下の岡っ引きである。
「どうした、徳次。騒がしいぞ」
大慌てでやってきた徳次郎に対して、弥平は目を細めて口元に笑みを浮かべながら優しい口調で言う。
仏の弥平。誰が名付けたかは知らないが、風間弥平はそのような二つ名で呼ばれていた。虫をも殺せぬ、優男同心。それが風間弥平という男の評判である。
「あっしたちの活躍を描いた時代劇小説の『卯月の爪痕、仏の背に散る桜』が……」
膝に手をついて呼吸を整えながら徳次郎は弥平にだけ聞こえるくらいの声で言う。
「なんだい、その話なら聞いたよ。最終選考に残れなかったってんだろ」
弥平は笑いながら言うと、猪口の中身を一気に呷った。
「それがですね、ちょっと話が変わってきちまったんですよ」
「なんだと、どういうことだ、徳次」
一瞬ではあったが弥平の目が鋭く光った。その目つきは、いつもにこにこと笑みを浮かべている仏の弥平とは違い、どこか冷酷で恐怖さえ覚えるような目つきだった。
「実はですね。最終選考に残れなかった作品の中で、主催の犀川ようさんが『犀川の独断と偏見と気まぐれによる、さいかわゴリ推し💪作品』ってやつを紹介してくれているんですよ」
「ほう、そいつは初耳だな。しかし、なんでまた『卯月の爪痕、仏の背に散る桜』が選ばれたってんだ」
「そりゃあ、旦那……。それは、読んでのお楽しみってやつですよ。たぶん、既に読まれた方々は、なんであっしたちがこんな風に話をしてんだって疑問に思いながら見ているでしょうねえ」
「なんだい、そりゃあ」
「いや、それも読んでのお楽しみってやつですよ、旦那」
その言葉に弥平は鼻で笑うように息を吐くと、猪口に新しい酒を注ぐのだった。
というわけで、時代劇小説の『卯月の爪痕、仏の背に散る桜』が「さいかわゴリ推し💪作品」に選んでいただけました。
もし、まだ作品を読まれていない方がいらっしゃったら、ぜひこの機会にお読みいただけると嬉しいです。
『卯月の爪痕、仏の背に散る桜』
https://kakuyomu.jp/works/2912051597848033932時代×ミステリー作品となっております。