※ここから先は第3章「帰りたくない女」と、第5章「裏切る」のネタバレを含みます。
まだ瑠奈編を読んでいない方は、
ぜひ本編を読んでから戻ってきてください。
それでは、
瑠奈という女の子について少しだけ。
瑠奈を最初に見たとき、どう思いましたか?
瑠奈編を最後まで読んでくださった方へ。
瑠奈を最初に見たとき、
「ヤリマン」
と思った人もいると思います。
それは、
ある意味当然です。
読者に最初に与えた情報が、
そう見えるものだったからです。
男との距離が近い。
性的なことへの抵抗も薄く見える。
蓮から見ても、
瑠奈は「そういう女」に見える。
でも、
瑠奈の過去を知ったあと。
同じ言葉を、
同じように彼女へ向けられるでしょうか。
瑠奈は何も変わっていません。
過去が明かされる前も、
明かされたあとも、
同じ瑠奈です。
変わったのは、
彼女を見る側が持っている情報だけです。
瑠奈編で一番大きく触れたこと
瑠奈編で最も大きく扱った社会問題は、
児童・未成年への性的虐待と、
その後の人生への影響です。
瑠奈には、
母親の再婚相手から性的な被害を受けた過去があります。
それを知ったとき、
現在の瑠奈の見え方が、
少し変わった人もいると思います。
ただ、
ここで絶対に誤解されたくないことがあります。
私は、
「性的虐待を受けたから、瑠奈は性的に奔放になった」
と断定して書いたわけではありません。
人間は、
そんなに単純ではないと思うからです。
性的なトラウマ=性を嫌いになる?
性的な被害を受けた人と聞いたとき、
多くの人が最初に想像するのは、
性そのものが怖くなる。
触れられることを嫌がる。
性的なことを避けるようになる。
そういった反応ではないでしょうか。
もちろん、
そういう人もいます。
それは間違いではありません。
でも、
人間のトラウマへの反応は、
必ずしも一方向ではありません。
心理学やトラウマに関する研究を調べていくと、
児童期に性的虐待を経験した人の中には、
性的な接触を避ける方向へ向かう人がいる一方で、
複数の性的パートナーを持つなど、
リスクの高い性的行動や強迫的な性的行動との関連がみられる人がいることも報告されています。
一見すると、
正反対です。
「そんなことがあるのか」
と思う人もいるかもしれません。
私自身、
瑠奈という人物を書くうえで、
ここはとても興味深く感じた部分でした。
だから瑠奈編には、
性的なトラウマを抱えた人が、
必ずしも私たちが想像しやすい形でそれを表すとは限らない。
「こういう形で現れる人もいるのかもしれない」
ということも込めています。
でも、瑠奈の答えを決めたくはなかった
ここは、
かなり慎重に書いた部分です。
研究では、
児童期の性的虐待経験と、
その後の一部の性的リスク行動などとの間に関連が報告されています。
でも、
「性的虐待を受けたから、その人がそうなった」
という単純な因果関係が証明されているわけではありません。
だから私は、
瑠奈の現在の生き方について、
「原因はこれです」
という答えを出したくありませんでした。
瑠奈が男を求めることの、
どこまでが過去とつながっているのか。
どこからが瑠奈自身の性格なのか。
どこからが本人の選択なのか。
あるいは、
そんなふうに綺麗に分けること自体が、
間違っているのかもしれません。
本人にだって、
わからないのかもしれない。
私は、
そのくらいの距離で瑠奈を書いています。
「ヤリマン」というレッテル
そして、
瑠奈編でもう一つ書きたかったのが、
レッテルです。
「ヤリマン」
たった四文字です。
でも、
その四文字を貼ってしまえば、
その人間を簡単に説明した気になれます。
男とよく寝る女。
軽い女。
貞操観念のない女。
そういう人。
それで終わる。
でも、
その人がなぜそうしているのかは、
何もわかっていません。
もちろん、
性的に奔放な女性全員に、
性的虐待の過去があるわけではありません。
そんなことを言いたいわけではありません。
単純に性を楽しんでいる人もいる。
恋愛観も性に対する価値観も、
人それぞれです。
ただ、
私たちが街ですれ違う人にも、
SNSで馬鹿にした誰かにも、
「あいつはこういう奴だ」
と決めつけた人にも、
自分の知らない人生があります。
瑠奈にも、
それがあった。
瑠奈は何も変わっていない
私はここが、
瑠奈編で一番好きなところです。
過去が明かされた瞬間、
瑠奈が急に別人になるわけではありません。
性的な行動がなくなるわけでもない。
性格が変わるわけでもない。
過去を知ったからといって、
それまでの行動がすべて正当化されるわけでもない。
瑠奈は、
最初から最後まで瑠奈です。
なのに、
読んでいる側から見える瑠奈だけが変わる。
なぜなら、
最初は知らなかったからです。
これは瑠奈に限った話ではないと思っています。
私たちは、
他人の人生のほんの一部分だけを見て、
その人全体を判断することがあります。
仕事ができない人。
浮気する人。
暴力を振るう人。
性に奔放な人。
面倒くさい人。
狂っている人。
その評価自体が、
必ずしも間違っているとは思いません。
行動を見て、
そう感じることはある。
でも、
その評価だけで、
その人間のすべてを理解したことにはならない。
過去を知ることは、免罪符を渡すことではない
これは明日香編にも通じるところがあります。
私は、
過去を知った瞬間に、
「じゃあ仕方ないね」
となる物語を書きたいわけではありません。
理解することと、
肯定することは違います。
瑠奈の過去を知ったからといって、
瑠奈のすべてを肯定する必要はありません。
ただ、
「あいつはヤリマンだから」
で終わっていた人間に、
その言葉では説明できない人生が見えてくる。
その瞬間が書きたかった。
「こういうパターンもあるのか」
瑠奈編を読んだ人に、
一つだけ持って帰ってもらえるとしたら、
私はこれでもいいと思っています。
「性的なトラウマを抱えた人って、
性を怖がるものだと思ってた」
「こういう方向に現れる人もいるのか」
それだけでも、
人を見るときの想像力は、
ほんの少し広がると思うからです。
もちろん、
すべての人に当てはまる話ではありません。
むしろ、
「性的虐待を受けた人はこうなる」
という新しいレッテルを作ってしまったら、
瑠奈編でやりたかったこととは正反対です。
人によって違う。
同じ人でも、
時期によって違うかもしれない。
そして、
目の前に見えている行動だけでは、
その人の中で何が起きているのかはわからない。
「性的に奔放な女」の向こう側に
瑠奈を最初に見たとき、
「ヤリマン」
と思った人がいてもいいと思っています。
むしろ、
そう見えるように書きました。
ただ、
最後まで読んだあと。
もう一度、
最初の瑠奈を思い出してほしい。
瑠奈は変わっていません。
変わったのは、
瑠奈について知っている、
あなたのほうです。
人間は、
外から見えている行動だけでは、
たぶん説明しきれない。
その人が笑っている理由も、
誰かを求める理由も、
誰かを拒絶する理由も、
本人にすら説明できないことがある。
だから、
簡単な言葉で他人を分類する前に、
ほんの一瞬だけ、
「この人には、自分の知らない何があるんだろう」
と考えてみる。
瑠奈編で書きたかったのは、
「性的虐待を受けた人はどうなるのか」
という答えではありません。
「性的に奔放な女」というレッテルの奥に、何があるのか。
その問いです。
瑠奈編を読み終えた今、
皆さんには、
瑠奈がどんな女の子に見えているでしょうか。
最初に見た瑠奈と、
今あなたの中にいる瑠奈は、
同じでしょうか。
それとも、
少しだけ違って見えているでしょうか。
――綾瀬凪