※この話は、主人公が本編では取らなかった行動をとった場合に起こる可能性のある出来事の一つです。
主人公以外の、いろんなものや設定も本編と異なっていたりします。
本編の設定とはかけ離れた『そういう可能性もあったもの』の一つとして切り離してお考えください。
ケースその1は『最初から夜柳茉莉に全てを話していた世界』になります。
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ゾンビパニック発生当日
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「大変なことになったね」
端末に表示されたお知らせを見て、ぼそりと茉莉ちゃんがそんな言葉をこぼした。
俺はもう一度、表示されている情報を読む。
とある研究所にて開発中のウイルスが、ダンジョンの入り口の出現によって流出したこと。
そのウイルスが俗に言うゾンビウイルスだったこと。
そしてゾンビウイルスがどういうわけかステータスを獲得し、今世界に拡散してしまったということ。
状況を確認すればするほど、現実にあったことだとは思えない。
タチの悪い冗談であればいいのに、と一縷の思いを込めて端末へと尋ねた。
「嘘の情報で俺たちを惑わせようとしている、とかそういう話じゃないんだよな?」
『恐れ入りますが、我々は嘘は申しません。それ以上は、ご自身の目でご確認いただければ』
「……外か」
俺は見えるはずもないのに、ダンジョンの中で思わず上を見る。
そこにはいつも通りの、石でできた天井があるだけだ。
「茉莉ちゃん。今後の予定を考えよう」
「うん」
俺は頭を切り替えた。
いまだに荒唐無稽にしか思えないお知らせではあるが、仮に嘘だったのならばそれでいいのだ。
俺たちが困ることはない。
ただし、もしこれが本当だったのならば、何も考えないで動くのは自殺行為に等しい。
「大家さんと叔母さんは、今日はどこにいるんだっけ?」
「お父さんたちは、揃って『民間ダンジョン管理プログラム』の講習に参加してる。だから、少なくともダンジョンにすぐ逃げ込める場所にはいるはず」
「不幸中の幸いだな」
お世話になった二人がひとまず無事であろうという事実に安堵する。
『民間ダンジョン管理プログラム』とは、世界中に発生したダンジョンの、民間管理に関する政府主導の計画の一つだ。
基本的にダンジョンのゲートが発生する場所は無作為であり、俺の場合のようにいきなり自室に出現するというパターンもある。
そうなった場合に、政府がダンジョンの入り口ごと土地を買い上げて管理する、というのが当初の予定であったが、あまりにもダンジョンの数が多いことから、その方針は早々に棄却された。
そして次に考えられたのが、ダンジョンのゲートができた土地の所有者に最低限の管理を任せるという『民間ダンジョン管理プログラム』だ。
俺は、自宅のアパートにダンジョンが発生した際に、即座に大家さんに報告した。
その結果、大家さんは政府に事情を説明し、暫定的にこのダンジョンの入り口の管理者に任命された。
あとは、適当な手続きなりなんなりをして、ダンジョンの入り口を閉鎖するなりというのが流れだっただろう。
しかし、そこで黙っていなかったのが茉莉ちゃんであった。
自分の根城とも言える俺の家にダンジョンができたとあっては、好奇心旺盛な彼女が止まるはずもなかった。
彼女は大家さんに告げずにダンジョンへの侵入を敢行し、それに俺は巻き込まれる形でダンジョンに入ることになった。
そして、紆余曲折あって大家さんが折れ、俺たちはなんらかの沙汰が決まるまでは、この自宅のダンジョンで自由に(命の危険がない範囲で)探索することを許されたのだった。(もちろん政府には内緒だ)
そして今日、先天的な魔法の才能を開花させた茉莉ちゃんの火力を中心に戦略を組み、とうとう三階層のスケルトンを攻略するパターンを組んだところで、この状況であった。
「大家さんたちは無事だとして、友達とかは」
「…………正直、いろいろ思わないことはないけど、この状況だもん」
「……そうだな」
口に出してから、俺もしまったという気持ちになる。
はっきり言えば、今の俺たちにできることはない。
外の状況すら正しくは知らないのだ。
自分の友達の安否を気にしていられるような状況とも限らない。
最低限、連絡を取り合えれば御の字、くらいに考えておかなければ。
「となると、問題は俺たちだな」
「うん。このままだと、食料がなくなるよね」
現在地はダンジョンの三階層。
時刻はまだ昼過ぎくらい。
俺たちの目下の問題は、このゾンビパニックを生き抜くための食料がないことだ。
食料だけではなく、あらゆる物資もない。
水や道具に関しても『リュックに詰められる量』しか持ち運べないのだ。
アイテムボックスだの、インベントリだの、そういう収納スキルが『あれば』いいのだが、俺たちはそういう便利なものは『持ち合わせていない』。
そして悲しいことが一つ。
お知らせによる救済措置として、モンスターから食料がドロップするという話ではあったが、この自宅のダンジョンに食材をドロップするようなモンスターが存在しない。
ゴブリンだのゾンビだの、スケルトンだの。
食料と考えるのは難しいモンスターばかりだ。
少しは俺の部屋に備蓄があるにしても、早々にそれらは尽きる。
つまり俺たちは、いずれにせよ生きるためには食料をどうにか入手しないといけないのだ。
「ここはゾンビパニックの定番しかないよね」
茉莉ちゃんが、ぼそりとこぼす。
俺は視線だけで続きを促した。
「スーパーかホームセンターに行って、必要な物資を補充しよう」
「……それは、火事場泥棒だよね?」
「でも死ぬよりは良いよ」
「…………」
もちろん、倫理的に即座に頷ける話ではない。
だが、現実問題として、食料はいずれ尽きるのだ。
このダンジョンで食料を補給できる保証はない。
ゾンビウイルスの空気感染や抗体のこともあるから、逃げ込めるダンジョンが存在しているのは利点だ。
四階層以降でそういう階層が見つかる可能性もある。
だが、将来的にはこのダンジョンを捨ててどこか違う──食料を補充できるダンジョンに軸足を移すことも考慮すべきだな。
いずれにせよ、直近の問題は俺と茉莉ちゃん二人が生きていく食料が確保できていないところ。
そして、それを補充するためには、やはりどこかの店に向かうしかない。
アパートの他の部屋の家探し、というのもあるが、それをするにはますます倫理観が邪魔をする。
ある程度の食料を確保できたら、他のダンジョンを探すか、このダンジョンの奥を目指すかを決めよう。
外のゾンビの状況がどうなっているのかは知らないが、発生直後より、時間がたった方が状況は悪くなることも考えられる。
動くなら、早い方がいい。
「わかった。ホームセンターに向かおう」
茉莉ちゃんの意見を尊重して、俺はそう結論を出した。
茉莉ちゃんはじっと俺に尋ね返す。
「どうしてホームセンターにしたの?」
「食料以外にも役立つ道具がありそうだ。あと、もしかしたらそこに避難している人たちがいるかもしれない」
「それで?」
「その人たちが、ゾンビウイルスの情報を知らなかったら、大惨事になりそうだ」
俺と茉莉ちゃんは、おそらくこの世界でも相当早い段階で、ゾンビ発生の状況を知った。
なにせ、二人してスケルトンから獲得したEPの処理に頭を悩ませているタイミングで、端末から新規お知らせが届いたのだから。
ゾンビといえば、ホームセンターやショッピングモールに逃げ込むのは定番だ。
噛まれることが感染源となるゾンビであれば、そういう籠城作戦は有効だろう。
だが、このウイルスは空気感染する。
ダンジョンのないホームセンターに立てこもったとしても、待っているのは破滅だけだ。
(正直に言えば。俺は他の人の心配をしたんじゃない。ホームセンターがゾンビの巣窟になる前に、対処できないかと思っただけだ)
それは、今後の物資補給の観点から考えた話だった。
もし、ゾンビパニックがすぐに解決するような話ではないのなら、ホームセンターの物資は今後の生活の生命線になりうるかもしれない。
多種多様な雑貨に、備蓄用の水や食料、工具、野菜の種や園芸用品。
それらを安全に確保できる状況を作るには、動くのは早ければ早いほうがいい。
ホームセンターがゾンビの巣窟になってからでは遅いのだ。
俺たちには別に『守るものがあるわけでもない』し、行動は迅速にいこう。
「というわけだから、なるはやで一旦地上に。ホームセンターまでたどり着いてから、改めてここに戻るか他のダンジョンを探すか決める方針で行こう」
「わかった」
俺と茉莉ちゃんは、そういう方針で動きを固めた。
地上が実際にどういう状況なのかはわからないが、少なくとも勝手にダンジョンに潜っていた俺たちが一般人よりも動けないということはないだろう。
「そういえば、救済ジョブはどうする?」
「もう少しでレベル10になるんだし、無理して取る必要はないよね?」
「まあ、そうだな」
俺も茉莉ちゃんも、スケルトンのパーティを狩れるようになって、EP効率が大幅に上昇した。
現在のレベルはまだ6だが、レベル10も見えている。
無理して救済ジョブを取る必然性はない。
「何度も言うけどいのちをだいじに。もし、危ない場面があったら、最悪一度ダンジョンに戻ってジョブ習得をしてから地上探索に入ろう」
「志摩くんは過保護なんだから」
「茉莉ちゃんが危なっかしいんだよ」
そうして、俺たちはダンジョンの出口へと向かう。
目標はホームセンター、もしそこで物資を確保できたら、改めて今後の身の振り方を考えるのだ。
「茉莉ちゃんのことは、俺が責任を持って守るから」
「……へぇ」
果たして、そんな俺の決意表明を聞いた茉莉ちゃんは、こんな状況にも関わらずなぜかちょっと嬉しそうな顔をしていた。
なぜ。
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続きます
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