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特典SS 世界が変わる前の日2 夜柳茉莉の手料理について 前編(お試し版)




「志摩君って、いつも何食べてるの?」

 私こと夜柳茉莉の言葉が、六畳の狭い部屋に響いた。


 その日──とある土曜日の午後に私は、勝手知ったる我が家のごとく、私の気になっている男子大学生──上杉志摩君の家へと遊びにでかけていた。
 土曜日と言えば、私の高校も志摩君の大学も休みである。
 うら若き女子高生でもある私には、それなりに友達からの遊びの誘いや、たまに男子からの好意を忍ばせたデートのお誘いもある大変貴重な一日だ。

 だが、私はその予定を棒に振って今日も甲斐甲斐しく好きな人の部屋へと通っているのである。

 志摩君は大学の講義は詰め込むタイプのようで平日はちょっと時間が合わないことも多い。その点、休日は積極的に出掛けるタイプではないので、遊びに行けばいつでも居るような状態なのだ。
 もっとも、その好きな人は、私がこの部屋にあるレトロゲームを遊びたいために通っている、としか思っていないのが、目下の悩みではあるのだが。
 もっとも、私の目的の半分は本当にレトロゲームであるのもあって、否定し辛いわけで……

 気を取り直して、今日は動画では見た事のある、ポリゴンの荒いアドベンチャーゲームを遊びながら、ふと思いついたように冒頭の問いかけをしたのである。

 志摩君は、普段何を食べているのか、と。


「どうしたの、急に?」


 尋ねられた志摩君は、私の質問に戸惑いながら尋ね返して来た。


「うーん、ふと気になっただけ?」


 私は、なんでもないようにそう返す。


 嘘である。
 今このタイミングで、ふと気になったというわけじゃない。


 私が志摩君の家に遊びにくるようになってからもう何ヶ月か経つ。
 その何ヶ月で、私は自分の中に芽生えた不思議な感情が恋心であったと自覚するまでになったのだが、それは今は置いておこう。

 その何ヶ月の間、私は志摩君の目を盗むように、この狭い家の中を幾度となく探って来た。
 具体的には、大学に入ってから、女の影がちらついたりすることを警戒していたわけだ。
 だからこそ、私はたまに連絡無しで志摩君の部屋に訪れる。
 ……いつも連絡を入れるとちゃんと掃除をしてくれるのだが、そこで女性の痕跡を消していたりしないかと心配してだ。

 そして、現在に至るまでそれらしい痕跡を見つけたことはない。
 たまに、男友達と家で飲み会(未成年のはずでは……?)をした痕跡や、男友達そのものが残っていることもあるけれど、私はしっかりと志摩君と親しいアピールをして外堀を埋めるのに活用させて貰っている。


 話が逸れてしまったが、そういうちょっとした乙女の事情も相まって、私は志摩君の生活状況を何となく推測するに至っている。
 そして現在、ほぼほぼ確信に至っている。
 志摩君は、基本的に自炊をしない人間だ、と。

「まぁ、総菜買ったり、弁当買ったり、たまにパスタ茹でたりとか?」

 返って来た答えに私は「へー」と返しつつ、内心では「よしっ」と頷いた。
 志摩君の食事事情は、特に観察するまでもなく察せられる。
 ゴミ箱には彼が言ったように総菜や弁当の空き容器がよく捨てられているし、台所に申し訳程度にあるフライパンや鍋はほとんど使われた形跡はない。
 注意深く見る間でもない。彼が日常的に使っているのは炊飯器と電子レンジくらいである。

「なるほどなるほど。私に良い考えがあります」

 その確認を終えた私は、少し得意気な顔で言ってみせる。

「つまり志摩君は、家庭の味に飢えているわけですね?」

「いや、そうは言ってな──」

 否定を返そうとする志摩君の言葉に、私は食い気味で返す。
 心臓の方が少し緊張でバクバク言っているが、この人が気付く訳もあるまい。


「だったら、この茉莉ちゃんが、手料理を作って上げましょう」

「え”」


 緊張しながらの乙女の精一杯の提案に、志摩君はめちゃくちゃ濁音の「え」を返した。
 言ってから、思わずといった表情で口を押さえる。
 ……もう遅い。

「……なに? その反応?」

「いや、だって」

 私が不機嫌をアピールしながら唇を尖らせると、志摩君は言いにくそうに言った。

「茉莉ちゃん、料理できないでしょ?」

「は、はあああ!?」

 突然の決めつけに、私も思わず声を上げた。

「な、何で決めつけるの! 私の料理食べたこともないでしょ!」

 そう。
 私が本当に料理ができるかできないかは、今はいい。
 どうしてこの男は、私が料理ができないと決めつけているのか。
 振る舞ったこともなければ、そんな素振りを見せた事もないのに。

「だって、大家さんがこの前言ってたよ。茉莉ちゃんは甘やかしすぎたのか、家事の手伝いもしないでゲームばっかりやってるって」

「…………いや、それはその」

「あとおばさんも、台所に入るのは冷蔵庫を開けるときくらいだって」

「あ、洗い物くらいは手伝ってるし!」

 思わず憤慨してしまうも、強く否定できない。
 見た目のイメージだけで言っているとかじゃなくて、両親がソースだと強過ぎる。
 そもそもどうして私の情報を両親と交換するまでになっているのか。

 ……どう考えても私が何回もお邪魔しているからですね。

 とりあえず、このままでは私の考えた計画がダメになってしまう。
 私は早々に、話を戻すことにした。

「そもそも、それで私が料理できないって決めつけるのは早いよね」

「そうかな」

「学校で調理実習とかあるし、そもそも美少女JKの手料理の時点で、男の子はもう嬉しいよね」

「うーん、そうかな」

 志摩君は尚も私を疑うような目で見ている。
 美少女の手料理で喜ばないのはなんでなんでしょう。
 どうやら軌道修正はできないようです。

 ならもういい、このまま強引に話を持って行こう。


「というわけで、普段からろくなものを食べてない志摩君のために、私が手料理を振る舞って上げます」


 そうです。これこそが私の目的だったのです。
 いわば、全く私の事を意識しない志摩君に、ちょっと家庭的なところを見せて思わず「キュン」とさせてしまおうという作戦です。

「遠慮してもいいですか?」

「駄目です」

 ナチュラルに遠慮されそうになって食い気味で断った。

「どうして断るという発想がでるの?」

「いやだって、茉莉ちゃん、料理が」

「できらぁ!」

 思わずネットで若干有名な料理漫画の台詞を吐いてしまった私である。
 そして、私が知っているということは当然志摩君も知っていておかしくないわけで。

「ほう、じゃあ作って貰おうじゃねえか、今からその手料理とやらを」

 と、さっきまで断っていたのにも関わらずうっかり乗ってしまっていた。
 ふ、ふふん、これも計画のうち。
 こうして約束を取り付けてしまえば、あとはネットでちょちょっと簡単で男受けの良い料理のレシピを調べて、それをさも当然のように出せば良いんだよ。
 これが現代の情報世界の女子高生の戦い方です。

「ただし、料理ができるって豪語するんだから、ネットとかでレシピ調べるの禁止ね」

「……えっ!? レシピなしで手料理を……?」

 ちょっと、事態は私の想像の少し斜め上の方へと進んでしまったようです。






「なんで買い出しに付いてくるの志摩君」

「茉莉ちゃんが俺の見てないところでレシピ調べるズルしないように」

「しないってば」

 話の流れから、何故かレシピを見ないで手料理を振る舞うことになってしまった私こと夜柳茉莉です。
 そんなこんなで、私と志摩君は二人でウチのアパートからちょっとだけ北に歩いたところにある、坂上のスーパーに向かう事に。

 まぁ、レシピを封じられたのは思わぬ誤算だったけど、こうやって買い物デートみたいな状況になったのでトータルではプラスかな? なんて思ったりもする。
 私の少し前を歩いている志摩君の顔を、気付かれないようにじっと見つめてみたりする。

 派手さはないけど、整っている方だと思う。
 誰にでもモテるタイプじゃないけど、好きになってから見れば良い所ばかり見つかってしまうような、そんな不思議な魅力のある顔。
 髪型とか眉毛とかをちょっとモテる方に整えたら、それだけで一月後には彼女ができてしまうかもしれない。

 それは許せないので、少なくとも私がそのポジションをゲットするまでは、このままの志摩君で居て欲しい。

 そう思った私は、少しだけ勇気を出す。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ大胆に、志摩君の服の袖の部分を掴んでみる。
 気付いた志摩君に上目遣いで「手、握ろう?」とおねだりしてみる作戦だ。
 それくらいすれば、鈍いこの人でも少しは感じることがあるはず。

 それに気付いた志摩君は、不思議そうな顔で私に振り返った。


「なに茉莉ちゃん?」

「……いや、ちょっと、歩くの早いかなって」

「ああ、ごめん」

「ううん……」


 いや、何を言っているんだ私は。
 最初の作戦は、なんだったのか。

 ……だって、恥ずかったんだもん。
 ……面と向かって尋ねられたら、頭の中が真っ白になってしまって。


「どうかした茉莉ちゃん?」

「な、なんでもないです」


 志摩君はいつもと変わらぬ様子で、私の体調を心配するような顔を向けてくる。
 くそう。今日だけは、勘弁しておいてあげるんだからね。


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