お世話になっております。山龍です。
日頃より、『江戸日本橋 薬種屋〈桔梗屋〉の診立て』をご贔屓いただき、誠にありがとうございます。
本日18時、【木曜の薬包】「白と墨と」を公開しました。
今回は、第五話「当帰、結目はほどかれる」閉幕後の、短い後日譚です。
第五話では、日本橋近くの髪結い床を舞台に、髪を結われた女たちを襲う不調と、町に広がった噂を描きました。
櫛に念が宿ったのか。
髪油に問題があったのか。
それとも、女たちの身体と暮らしの中に、別の原因が潜んでいたのか。
与四郎が見つけたのは、怪異ではなく、日々の手仕事の中に積み重なっていた無理でした。
油。
香。
空腹。
頭痛。
そして、人に見せるために結い上げられた髪。
閉幕では、絡まっていたものが少しずつほどかれ、おつげの髪結い床にも、ようやく人が戻り始めました。
今回の「白と墨と」は、その後を描いた一篇です。
鏡の脇に立てかけられた、白い紙。
そこに墨で書かれた、三つの約束。
油と香を控えること。
空腹のまま髪を結わないこと。
頭が痛めば、すぐに髪を緩めること。
どれも派手なものではありません。
ただ、具合を悪くした女たちの声を忘れず、同じことを繰り返さないために、おつげが自分の手で残した約束です。
白い紙は、何も書かれていなければ、ただの白です。
そこへ墨で言葉を置くことで、初めて、守るべきものが形になります。
一方で、墨で書いたからといって、すべてが元通りになるわけでもありません。
離れていった客。
傷ついた信用。
人の口に残った噂。
そうしたものは、すぐには消えません。
それでも、朝餉を取らせてから髪を結う。
無理のない高さを選ぶ。
女たちの顔色を見る。
痛みを訴えれば、手を止める。
おつげは、以前と同じ場所で、少し違う仕事を始めます。
「白と墨と」は、第五話でほどけたものが、どのように結び直されていくのかを描いた幕間です。
白は残り、墨は動かず、人だけが戻りはじめる。
この一篇をもって、第五話「当帰、結目はほどかれる」は完結となります。
開幕から閉幕、そして四篇の【木曜の薬包】までお付き合いいただいた皆さま、ほんとうにありがとうございました。
次回からは、第六話へ入ります。
第六話
「牛膝《ごしつ》、土俵に胸沈む」
開幕は、7月19日㈰11時です。
舞台は、両国回向院の土俵。
評判の力士が、押し負けたわけでもないのに、胸から土へ沈むように崩れ落ちます。
見物人のあいだでは、
「土俵の下の鬼が、力士の胸を押さえた」
という噂まで広がり始めます。
膝腰の古傷。
誤った養生。
湿った土俵。
そして、土に残された不自然な痕跡。
与四郎は、力士の身体と土俵に起きた異変を、どのように診立てるのか。
第五話の髪結い床から、第六話の土俵へ。
引き続き、『桔梗屋』を見守っていただけましたら幸いです。
江戸日本橋 薬種屋〈桔梗屋〉の診立て
https://kakuyomu.jp/works/822139845582961509