水城に関する文献としては、日本書紀に『筑紫に大堤を築きて、水を貯えしむ。名付けて水城と日ふ』とざっくり書かれているだけで、詳しい使い方、つまり取説は現代には伝わっていません。
一般的なお城の濠のように水を湛えて外敵の侵入を防ぐだけのものなら、もっとシンプルな造りでよかったのでは? と思います。
・土塁の基底部80メートルにも亘って巨大な導水管「木樋」を通す必要性
・外濠は水城のほぼ中央部を貫通して流れる御笠川の部分が最も標高が低く、両端から御笠川へ水が流れ込むような構造になっていること
上記の理由を考える上で一番しっくりきたのは、「太宰府は日本の首都だった」(内倉武久 著)という本に書かれていた「御笠川を堰き止めて、外濠にいる敵に内濠から木樋を通して大量の水を一気に流して撃退する」という説でした。
この本は2000年に出版された古代の太宰府に関する考察をまとめたもので、学会からははかなり異端視(というかガン無視?)されているらしく現在では絶版になっています。
中でも「第5章水城と山城」に書かれている水城の使用法がとても面白く、また理に適っていると思ったので、アイデアをお借りしました。
作中でフェイホン、ルリ姫、リョーワがミズキの上で踊ったと設定している場所は「水城と御笠川が交差する地点の東側の川岸」なのですが、現在ではここには九州自動車道と国道3号線が通っています。
