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そうかアスリートだったんだ

さて本日も【ゾンビナイト】のむーん🌙さんの

【ふたりごと〜独り言でも読んでくれる貴方がいたらふたりごとになるみたいなそんな感じ〜】

で、ラストシーンについて書かれていて なるほどな~~~と感想書いていたのですが、例によって個人的な話が出過ぎたのでこれはさすがに感想コメント欄に書くと他の方の迷惑になる……と思って書き込んでいた感想ですが、最終的には諦めてこっちに引き取った話になります。


違うんだ!! だってむーん🌙さんのこの話読んでると「なるほどなぁ……私の場合はこうかな」みたいなのを考えるんだもの!!! そうすると自分は……みたいな文になっちゃうでしょ!!!😇


皆さんも見て来たら絶対感想言いたくなるしその時「私の場合は……」みたいなのも出て来ますよ!! 





今日の話題は話を書く時にまず「最高のラストシーンを思い浮かべておくといい」って話です。私もこれには大賛成で、何度も言ってる通り【花天月地】もラストシーンは二宮の変、陸遜が自刃するシーンで終わる!! ともう決めています!

【ジグラート】もラストシーンは思い浮かんでいます! ラストシーンがもう題名になっていますからね!

【翡翠】もラストシーンが思い浮かんでいますし、今は仇同士のようにいがみ合っているメリクとリュティスですが、そのうちメリクが草原に寝転んでてその隣でリュティス殿下が文句も言わず本を読んでてなかなかいい感じの雰囲気になるとこまでちゃんと思い浮かべてるのでご安心ください


とにかくそうです! 確かに書きたいラストシーンを思い浮かべてから書き始めるのは有効です。


が、それに付け足すと、私が思うに「素敵なラストシーンを思い浮かべても、そこまで持って行くために書くことに飽きる人が大概」というこの法則は一部の選ばれし勇者でしか使えない技なのだと思っているので、
ラストシーンだけで普通の人はそこまで頑張れない。
ではこうしてはどうか みたいなのを書いています




世の中にはね……些細なことで信じがたいほど頑張れる驚異的な人というのがいるんですよ……「貴方何故そんなにも頑張れるの!?」っていう人が……。


かと思えば多くの人にチヤホヤしてもらって定期的に気にしてもらわないと全く頑張れない人もいますからね。


両極端な話ではありますが皆さんはどちらかというとどうでしょうか。


個人的に私は面倒臭がりが素晴らしい小説家になるのは無理だとはっきり思っているのですが皆さん「私は面倒臭がりだが素晴らしい小説を書いている!! 書けてしまっている!!」という奇跡のような才能持った方いらっしゃいますかね? ぜひそんなツチノコみたいな生命体の方いたら私はその方の作品見てみたいと思っています。

ですが今の所面倒臭がりでありながら素晴らしい小説を書いてる人には私は出会ったことがありません!😇

面倒臭がりのくせに小説を何故か書いてる人は山ほどいます!

それとは全く違う、小説書くの面倒臭いが内容は素晴らしいの書いちゃったぜ!! という方いたらぜひご一報ください✨


私は、小説を書くことがそもそも「手間のかかること」だと思っています。
私はジグソーパズル愛好家なのでよく分かりますが、世の中には、何故か、「手間のかかることでも楽しい」と思える人がいるのです。

私が小説家の適性がまずあると考えるのはこのタイプの方ですね。

「面倒臭いなあ」とあまり言わない方。考えない方。
手間がかかることでも楽しいと思う趣味を持ってる方。

こういう方小説家の適性 まずすでに一つ持っていらっしゃると思いますね。


___________________________










最高のラストシーンを思い描いて書くのはすごくいいと思います!
しかし私が思うに、なかなか「素晴らしい最後に向かってコツコツやる」というのは簡単なことではなく、「一刻も早く素晴らしい場所に行きたい。少しでも早く楽になりたい」と思うのが普通の人の心理らしいです😊

つまり普通の人は例え最高のラストシーンを思い浮かべても、そこへ至る道をコツコツ書くのが面倒になり、キャラ設定を作るのが面倒になり、キャラの名前を付けるのが面倒になり、いいやAIに名前くらいつけてもらえ……などという思考になるメカニズムになるのだと思います……。

「名前くらい」の意味が分かりません。

考え方が違うんですよね……例えば作者にとって端役の一人や、ちょっと出て来る国の一つでも、【現実として考えれば】その端役にもご両親がいて、必死に独立を勝ち取った歴史を持つ国かもしれません。普通親は子供が生まれた時に「適当に名前をつけといて」などと言わないはずです。国なども「素敵な名前を僕らの国に付けよう! 意味ある国旗を作ろう! 独立のために戦った人たちを忘れないように!」などと「意味があって名をつける」のだと思います。

ちょっと話ズレましたが確かに最終話が良いことはすごく良いことなのですが、それこそ「最初と中盤そんなダラダラしてて最後が良かったら済むと思うな」みたいなのは私は持ってしまったりします。

むーん🌙さん優しいのである……😇

私は結構人に嫌な事されてもそれを黙って見逃すのですが、見逃すし何にも言わないし恨みとかにも思わないのですけれど、忘れてやるほど暢気ではなく、覚えていたりはものすごくするのです ドラマとか見ていても「なんだその展開は……」というようなのをぶちかまされると、やはり道中に信頼関係を失って行ったりしますね。そしてともにラストという山頂に辿り着く意欲が全くなくなるのです。


最高のラストシーンを思い浮かべて頑張れるのは極めてごく一部の人。

むーん🌙さんがこのやり方を頑張れるのはとても実は珍しいタイプだと思います。
ちなみに私も、この珍しいタイプの人。

普通の人は最高のラストシーンを書きたいというだけで走り続けられませんが、私たちのように、何故か「こんな最後を絶対に書きたい!!」という気持ちだけで走り続けられる人達がいます。

どんな人たちかと言うと……



もちろん、アスリートです!!😊



特に一流のアスリートたちは高い目標を一番最初に掲げます。
そしてそれに向けてキャリアを走り始めます。自分を鍛え、夜遊びを慎み、体調管理に気を付けつつ、試合で結果を出し、重要な試合でも結果を出し、代表に選ばれ国際舞台でも結果を出し、

【金メダルを取りたい!】

などという最高のラストシーンを見事に書いて来る人がいます。

ただこれは本当に一流のアスリートの実行力で、普通の人は「金メダル取りたいけどじゃあ何を具体的にすればいいのか分からない……」「私は上手くなっているのだろうか……」「日本に帰りたい……」などと人生における雑味や脇道や不安によって、「本当に最高のラストシーンに辿り着けるのだろうか……」という目的地が霧掛かって来てしまうのですね。

これにより意欲を無くし、最高のラストシーンのイメージが捉えにくくなってしまうのだと思います


これはスポーツ見てても「この選手迷走しとんな」などと感じる人はいるので、勿論みんながみんな強固な意志と未来をも見通す慧眼で最高のラストシーンへの道筋を見通せたらそれが最高なんですが、そう出来る人はごく一部なので、改良してみると、

素晴らしい山頂へと続く道までに「幾つか、複数の、魅力的なシーン」を用意しておく。


これだとどうでしょうかね!

中弛みも防止されますし、幾つか、一部の山場とか。十話に一回の山場とか、定期的に山場をイメージしておくというのはラストしかイメージ出来てないよりも遥かに有効だと思います✨


え? それでも書くのが面倒臭い?


おめーなんでそんなに書くの面倒臭いのに小説書いてんだよ!!!!😇


そんなに面倒臭いなら書くな書くな!!!


悪いが私は生まれてから一度も「書くのが面倒臭いなー」と思ったことが無いから面倒臭がり人間の気持ちが一ミリたりとも分からんわ!!!!

面倒臭いってなんだよ!!!

バイトじゃねーんだよ!!

お前の仕事だろ!?

仕事にしたいんだろ!?

違うの!?

自分の愛する仕事なら面倒くさくても「面倒だな~っ🥰」言いながらやるんだよ!!!



私は本当に創作で「面倒臭い」と思ったことが一度も無いです!!!
驚くほど下手な文章書いてたヘタ期はありましたが、ヘタ期ですら「面倒臭い」と思ったことは一度もなかったですね。

私が以前【花天月地】が100話越えした記念に「100話の各タイトルずら~~~~~~~っと並べた総まとめ版の感じが圧巻で大好きすぎる!!」ってはしゃいで近況ノートに特に意味は無く100話のタイトル並べて書いたの見た方いらっしゃいますかね?

ああいうことを「全く面倒だと思わず喜んでやる才」が私には子供の頃から備わっていたのです。何故かは分かりません! 謎です!!😇

暇さえあればルーズリーフにキャラを書き出し、相関図を作り出して人間関係確認したり、そういうことを1,2回するくらいは誰にでもあります。10回20回やるかたいますか?100回200回は?

私は100回200回平気で相関図やら「今日は書きたいシーンだけ思い浮かべてメモにいっぱい書き出しておこう!!」「今日は素敵な名前をいっぱい書き出しておこう!」とかいわゆる資料系のメモやノートが山ほど家にあります。日々増えてます!! 毎週増えてます!!! ハムスターのように!!!🐹


私は自分が才能あると思っていますが一番中でも才能あるのは多分「話を書きたいと思って書き続ける才能」だと思います。上手いとかなんとかじゃなく、とにかく尋常じゃないほど書き続けるパワー、書き続けたいと「思い続けられる才能」が凄まじいんですよ。

それがまた「下らない夢物語なんか書くな」とか平気でいう場所で抑圧され、「書いていると怒られる、書いていると馬鹿にされる、書いていると禁じられる」そういう本来とても書きたい意欲の強い人が異常に抑圧された檻の中に長時間閉じ込められて生きて来たものだから隙さえあればぶわああああああああああああああああって書いて、禁じられた間にも考えるのを止めず、また敵の隙をついてぶわああああああって書いてまた「こんなものを書いて!!」と叱られてもまた平気で書き始めるという状況下になったことから、余計「書くことが楽しすぎる」という元来持ち合わせていた才能と抑圧された環境が化学反応を起こしたことによって、「例え誰も読んでくれなくてもいいや!😊」みたいなアスリートのような強固な自我が鍛え上げられたのだと思いますね。


そうです!


確かにこういう一握りの、
「これが私の天職なんだ、才能なんだ」という確信を持った人は、

確かに最高のラストシーンを思い浮かべただけでそこに至る100万字でも平気で書いて来ます!!

しかし普通の人は大概最高のラストシーンを思い浮かべてもそこまで書けません。そこに至る前に疲れ、或いは飽きて、辿り着かないのです。

なので壮大なラストシーンだけ思い浮かべても、あまり普通の人の書き方としては有効ではないと思われます。

しかしながら「要所要所に書きたいシーンを定期的に思い浮かべる」のは結構有効。そうしたら少しずつ書きたいものを書けますから。ただこれも、しょーもない小話とかで話数を稼ぐような考え方では「壮大なラストシーン」や「魅力的な要所」に対しての道筋として釣り合いが取れず、道筋になりません。

登山で言うときちんとした休憩用山小屋のように、目に見える形で「中間部の見せ場」は随所に用意しておきましょう。「お料理対決」「初めてのお使い」「ミニ勘違い」などは小技過ぎてエピソードにもなっていません。


アスリートは、トレーニングにも大、中、小、と体の負荷を考えてのメニューを作っていると言います。

つまり、基礎的な筋力トレーニングなどは毎日のルーティンですが、試合の翌日などはトレーニングをするにしても疲れを気にしつつ軽いトレーニング(小)にしておくのです。

体を休める時間を試合から数日取った後、「今日、明日集中して強度あるトレーニングに戻していく!」と気合を入れたトレーニング(大)を行う。試合が近づいて来たらあまりに体を酷使するようなトレーニングはよくありませんので、体を鍛えるというよりは試合の実戦として使える技術などを磨く、感覚的なトレーニング強化(中)などに移行していく……。


と、トレーニングと単純に言っても、彼らは強度分けなどをしています。

創作も私はそうだと思っていて、
【花天月地】で言うと
魏編で陸遜が魏の武将達に出会って交流を持つなどというのは(小)の出来事。
これは主軸と言うほどでは無く、これによって話数を稼ぐような意図は全くありません大した出来事ではない。普通の出来事です。だからこれで「感想を言ってくれ」みたいには一切私自身が思ってない類い。いわゆる小話です。


涼州遠征みたいなのが「何かが発生する」「始まる」という意味では(中)の出来事。

何かが始まったら、その出来事の終わりや見せ場を必ずイメージする。

私が涼州遠征を始めた時に明確に「書きたい」と思った見せ場は
・馬超と趙雲の共闘
・郭嘉と刺客の一騎討ち
・牢に入れられた徐庶を、陸遜が救い出しに来てくれるところ
・馬超と風雅君の再会

この4つ。

これだけは書きたいと思っていた見せ場です。

私は絵も少し描くので、こういう見せ場はイラストでも何回も何回も書いてイメージを捉えて「早く書きたいなーっ🥰」って高揚感を膨らませます


この4つを書くことが創作でいう見せ場をきちんと書くこと。
つまりこれが(大)。


話を何となくだら~~~~~~と書くのではなく、アスリートのトレーニングや登山家の登山予定のように、「書く内容も強度のレベル分け」をして、きちんと認識を分別しなければなりません。

よって私の場合「今日夜食事しに行こう~✨」って言われて今日書くのが魏の皆さんと陸遜が挨拶する程度の話なら(小)ですから「いいよ~🥰」なのですが、

これが今日帰ったらいよいよ郭嘉と刺客の一騎討ち書くぞ!!! 書きまくるぞ!!!!🔥🔥となってる日に「今日夜食事しに行こう~」って言われたら「ごめんな!!!! 今日は一騎討ちなんだわ!!! 早く帰らんと!!! また今度!!!!」ってなって


「?……うん😊(誰と一騎討ちするんだろ……)」


と友人はなるわけです。


作者は自分が書いてるパートが今どのくらいの強度のエピソードかどうか自覚してないと駄目ですよね。重要なシーンを書いてるのと、小話書いてるのが同じ魂の入れ具合なんて絶対魂の使い方上手く行ってません。

重要な部分に熱量を注ぐ!!! というのを体に染み込ませると、「大したことない小話に時間を掛けない」という素晴らしい習性が身に付きます。

こういう人の作品は脇道に逸れたり突然の小話、ギャグエピソードが格段に減り、しかしながらきちんと次なる道筋が見える、「次に何が起こるのかな……!!✨」という期待を持たせたまま読み手に山を登らせてもらえるような気分で、飽きが来ず、ずっと安心して読んで行けますね。

定期的に見せ場や流れがちゃんと用意されていて、それが小話ではないのです。

これも読んでると見分けられますね。

定期的に「いいね~✨」みたいなシーンがちゃんとあるからね😊

3件のコメント

  • わ、私はアスリートだったのか……!🏃‍♂️

    でも、おっしゃる通り『素晴らしい山頂へと続く道までに「幾つか、複数の、魅力的なシーン」を用意しておく』というのが一番の答えかもしれないなと思いました!

    長編を書く上ではこの要素って絶対に必要なことで、私も『ゾンビナイト』を書いてる時には中間チェックポイントのように幾つかの魅力的で描きたいシーンというのを書いていっていたと思います。

    そういう素敵な景色を絶対に書くんだ、公開するんだという意思が長編を書くコツなのかもですね……!
  • だと思います……!! 正直私も【素晴らしいラストシーンを鮮烈に思い浮かべる】だけで100万字の山道たった一人でも黙々と登れるタイプなので、創作においてこれを出来ない人の気持ちが全く分からないのですが、私のように長い孤独も恐れず高い基準を設けて自分を追い込みながら必死に書き続けられる人間は、プロ以外では非常に珍しいと自覚はあったのですが、その分共感はほぼ得られないであろうことも分かっていたので黙っていたのです😇

    しかしむーん🌙さんのエッセイ読んで驚きました!

    「おいおいおいおい!!! ここにも【すげぇラストシーン書きたい🥰】の気持ちだけで書いちゃってる人いるよ!!! と!!

    いや驚かないで大丈夫です!!

    創作では極めて稀でも、アスリートにはかなりこのタイプはいます!! 私は多くのスポーツジャンルを網羅していますので分かります! どのジャンルでも優勝だのなんだのと手が届くほどの高い基準で自分を鍛え上げて来るアスリートは、このタイプが本当に多いです!

    「勝利のため、一瞬の輝きの為に、死ぬほど忍耐が出来る種」

    それが彼らなのです!

    自転車選手などもドーピングコントロール(ドーピングを日常的にしていないか、公的機関に選手である限り反永続的に監視を「してもらう」こと。私が聞いたことあるのは、かなり大きな国際レベルの大会などにも出る選手ともなると自分の1カ月のスケジュールを、検査する機関に提出するそうです。その、どこかで抜き打ちで検査が入るんですが、時間も日にちも全く不明。
    プライベートの気遣いなどはなく、まだ寝てる朝6時前とかにも検査員が自宅に来たこともあるのだとか。
    また、何か不意のスケジュール変更があってもそれを必ず提出しなければならず「まあいいか」などと咄嗟だからと後回しにして、運悪くそういう時にドーピングコントロールが来た時は【提出したスケジュールと同じ場所にいなかった】だけで罰則規定に引っかかるのだとか。ドーピングしていなくても要するに「ドーピングしていた可能性あり」と認定されてしまうのです。
    自転車界は一度ドーピング問題で大激震を起こしたことがあるので、それで余計厳しいのかもしれないですが、本当にドーピングコントロールがえげつないと聞いたことがあります。


    そんな競技者としての精神的負荷を背負ってもなお、自分の愛した仕事だから、どんな苦労も厭わず、彼らは黙々と自分を磨き、鍛え、大舞台で輝くために日々の努力を続けています。

    まさに 頼まれてもいないのに苦しみながら、でも喜んで100万字書く作家もこれと同じだと私は思っています!

    考え方完全にアスリートなのです!!

    【最高のラストシーンを思い描いたら頑張れる🥰】などとキュートな笑顔でえげつないこと言っちゃったよむーん🌙さん!!!!って吹き出しちゃいました!
     私も確かにラストシーンの為だけに頑張れるタイプだけど!!!
     普通の人全然それじゃ頑張れないよ!?😇
     疲れるし飽きるし、自然にフェードアウト普通はするよ!?💦
     って思ったので、

    そこはビシッ✨と私がフォローしておきましたんで!!('v')ゞ

    複数の魅力的なシーンがあれば!!

    それは書き続けられる才をある程度持っていれば多分行けます!!

    定期的に中間チェックポイントがあれば!

    仰る通りむーん🌙さんの【ゾンビナイト】は紛れもなく、淡々と毎日を書いてるのではなく、幾つかの中間チェックポイントのような定期的な見せ場ありました! だから読み手もちゃんと抑揚と盛り上がりを感じて飽きを感じない作りになっていたんだと思います。

    そしてその幾つかの中間盛り上がりを経て、各キャラの関係性や心境などが強調され、浮かび上がって来てから、つまり山で言うと色んな方向から登山して上がって来た人達の道が最後の【オールナイト】というイベントに向かって最終的に道が集結して行って、最後に富士山の山頂に全員集合!!!✨✨ って感じの大団円、複数のシナリオが最終的に紡ぎあげられる糸のように一本にまとまって行く感じが非常に私は美しいフィナーレへ向かう描き方だなあ~と感じました。


    一流アスリートたちも「貴方達は何故そんなにすごいプレーが出来るのですか」などと聞かれて「結局誰よりも早く練習場に行き、誰よりも遅く練習を終える。健康に気を遣った食生活をして、休む時はきちんと体を休める。試合に集中出来る体を整える。それを現役生活中やり続けるだけだよ」などとあっさり言っておられました。

    だからそれが出来んのが普通の人間なんや……!!!😇

    と思うのですが、あの人たちも全然自分たちが特別なことをやってのけること、「いつか優勝したい」なんて漠然とした最終目的を掲げて、凄まじい色々なことをやり続けられることがどんなに異質なことか、自覚があんまりないようなんです。

    これは彼らの共通の特徴ですね。

    自分を凄いとか思ってない。普通に本当にそういう仕事にまつわる苦難をやってのけてる。

    そらそうですよね。
    つまり普通の人は↑これがもうすでにそんなこと出来るかっ!!💦の領域なのです。一流のアスリートにとって自分を鍛え続けるなど、出来て当たり前の普通のこと「え? だってそれくらいしないと金メダル取れないよね?」の領域なのです。

    つまり彼らにとって【苦しいこと】はもっともっと別の次元に存在するということなのです。

    基準が違う!!! 普通の人と!!!

    そらあっさり「自分がどんな選手になりたいかきちんと思い浮かべることだよ😊」って言いますわ!!

    私はこういうアスリートよく見てますので、創作界では自分は異質なの分かってるんですが、世界の中では全然異質じゃなくて、こういう少しのインスピレーションでも現実のものにしてしまう実行力を持つ人って色んなジャンルの高い水準にいらっしゃいますので、別に驚きはしませんし、そういう意味では孤独とかもあんま感じません。

    だからびっくりしないのですが、
    むーん🌙さんが言ってることにはびっくりしました😇

    むちゃくちゃ「いいこと思いついたです!✨」みたいに「最高のラストシーン思い浮かべたら書きやすい!」なんて言っちゃっていますけどむーん🌙さんそれえええええええええええ誰にでも出来る事じゃない一流アスリートにしか出来ないやつうううううううう!!!!!💦ってなったので補足しておきました!

    しかしむーん🌙さん確かにカッピーが最後どうなるかとかそこに至る前にもう決めてありますってどこかで言ってらっしゃったことありましたもんね。あれを思い出しました。確かにあの時「むーん🌙さんって書きながら考えつつ書く方じゃないんだな」ってふと思ったことがありました。

    確かにそういう方ってあんまり詰まって書けなくなったりはしませんよね。

    それにやはり質のいい話を書くためにはある程度熟考は必要だと思います。今日思いついたことを今日書いちゃうようなその日暮らしの書き方は、長編小説にはあんま合ってないと思いますね。
    それで相当なレベルの内容書いて来る人は、もう才能というしかないと思います。

    大概の人はその日思いついた内容を書いているようでは、内容がなんていうか練られても無いし、確認もされてないし、深みが無い分、色んな人に読まれて耐えられるだけの強度は無いと思います。

    だからラストシーンなどを強く思い浮かべると、大雑把ではありますが「自転車でとにかく北海道に行きたいからとにかく北にさえ向かってればいつかは北海道に行けるはず」と、北に行くことからだけは道から逸れませんから、「あとはそこに至るためにどうやって生活して行けばいいかだけだな」などと目的地以外のことに思考を使えるようになるのかもしれませんね。

    ただやはり大概の人は3日間雨が続いちゃったりしたら「やっぱりもうヤダ……」ってなって自転車捨ててタクシーでお家帰る気がします😇

    そこは北海道に自転車で行けるなら俺は死んだっていい!!!!!✨くらいの覇気がなければやり遂げられないと思いますが、普通の人多分そこまで北海道の為に命を投げ打てないと思うので、やはりむーん🌙さんの考え方若干一流アスリートに入っちゃってると思います

    とても素敵です🥰
  • なんか恥ずかしいです……!笑

    最高のラストシーンを思いつきさえすれば、みんながみんな長編を完結まで執筆できるはずだ! 執筆できないのはラストシーンを思い描いてないからなのだ!

    ……と大発見かのように騒いでしまった!
    なるほど……。確かにスポーツや運動とかに置き換えてみるとわかりやすいです笑
    私自身、スポーツに置き換えるとすごく身に覚えがあります。誰もがホームラン打つために努力し続けられたり、50m走6秒前半のために走り続けられはしないですよね……。

    私的には小説を書こうとした人は皆良いラストシーンを用意しておけば、途中で執筆を諦めそうになっても「こんちくしょう! 負けてたまるか!」と悔しくなって何とか書き続けたくなるものだと思ってしまってたのかもしれないです!

    何より執筆は楽しいですしね! アスリート然としてハードルや障害物をこれからも超えていこうと思います🏃

    素敵まで言って頂けて嬉しいです笑
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