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神の居場所

私は無神論者、無宗教なので(しかし自分の中に信心や信仰は確固たるものがある。それを他人と共有したい(※宗派やチームのようになりたいとは全く思わない。しかし信仰ある者同士は敬意を払い合ったりは出来るし、しなければならないと思っている。つまり他人に触れられたくない領域で、非常に信心深さも持っている)



大好きな海外ドラマを見ている時に、
いつも不思議に思う、解釈が上手く行かないシーンがあります。


それが【告解】シーン。


教会で司祭が告解室で待っていて、訪れた人の告解を聞く。
海外捜査ドラマ好きなので、守秘義務のようなものもきちんとあるようでした。

当然内部で話されたことは中には漏れないので、
いかほどのレベルの話が成されているかは分かりません。
海外捜査ドラマでよく見る範囲では、病のこと、自分自身の命や人生に関わること、かなり重い話が成されていましたが、実際他人にとっては「ちょっとした悩み」みたいでも自分にとってはかなり大きな悩みや相談ならしてもいいのか、その辺りのニュアンスは分かりません。


ただ思うのが、その塩梅すら、判断出来るほどには十分に悩み、考えた結果そこに至るというプロセスが必要だったりあるのかなとは思います。


つまり「今初めて考えたこと」とか「思い付きのように」そこには向かわないということ。

ある程度自分の中で何度も考えたが、
天のような存在に話してみたいと思った時に足を向けるのかと。

これをしてなかったり出来なかったりする人も多分いるのだろうけれど、そういう時は多くの場合、声を聞く者への敬意が欠けてるのではないかと思ったりしますが。





昨日も見ていた海外ドラマに告解シーンが出て来ました。


私には非日常のことでも、その宗教の習慣がきちんとできている人にとってはそれは不自然で非日常ではなく、日常で「いざという時はその場所がある」という心の安心感にもなっているのかもしれないなーとそんな風にも思ったのですけど。






個人的には答えは自分で見つけるものだ、他人に提示されたり、作ってもらうものじゃないと私は思っていますので、他人などへの相談も、相談そのものをしたりすることはなく、なんとなくもっと浅い所で、答えを探す、浅瀬で助言を受け、そこから先の深い所で泳ぐ時は自分だけの力で泳ぎに行って、深海の光景を見るのもたった一人でやってこそ、みたいな理想を私は持っているのですが、





日本人はそんなに厳格な信仰の伝統を日常的に持ってない人も非常に多い国です。
無宗教とよく言われますが、ある意味多彩な宗教観の集合体が日本なのかもなあとも思います。

その中で、神がいない。

答えを欲した時に答えるものがいない心許なさとかを、潜在的には持っていて、創作におけるAI利用を行う意義というものが私は全く理解出来ないのですが(他の分野などにおけるAIの人間補助機能はまた別。【創作】の根本とAIの根本が私は特別相容れないと考える為)



双方私にとっては自分に関わりの無い、
よく分からん世界だなと思うのは同じなのですが、

別に告解シーンを見て「なんで告白なんかそんな場所でするんだ」などという嫌悪感は特に感じたことないですし、不思議な習わしだなとは思うけれど、不理解!! までは行かないのですよ。興味もありますし。相談する人の心理にも、答える方の心理にも興味はありますし。

それにそこにそれがある意味も、誰かには必要だと思うし、
一度も告解部屋に入ったことが無い人にとっても、ある意味告解部屋があるということは、あるだけで心の安定になったりすることがあるから、使ってる使ってないで考えるべきではないのかもなとも思うのです。

一度も人生で告解部屋を使ったことが無い人にとっても「ある」ことは意味がある。


すぐ創作にAIを利用するひとに対して思うものは、正直嫌悪感の方が遥かに強いのですけれど、昨日思ったのはやはりAIそのものに対しての嫌悪感じゃ私はないんだなと。


すぐそれに頼ろうとする人間の弱さ、未熟さ、覚悟の無さに対して非常に嫌悪感を感じているんだということが何となく分かりました。


要するに上記で話した告解部屋に赴く、そこで告解をするという場合【教会】という聖域でなされます。
そこには最低限の信仰や信心が前提として求められ、示され、
その上で、人間が信心に寄り添わせるように心の内を吐露する。

当然受ける側もそういう前提に対しての敬意があるから秘密を守るわけです。

【信頼関係】

があるんですよね。ある種の。



AIも、私は申し訳ないですが創作に関してはAIより自分自身を信仰しろよ💢自分をそんな大して信じれない人間が紡いだ言葉で一体誰の心を動かせるんだと究極には思っていますので(実体験の心の弱さなどに共感、という形で群がるパターンはあるけど)

創作における真剣な悩みと向き合った末などといわれると
全く共感出来ず、いやその悩みを解消するために書くんだろ。色々なことをしっかり考え、自分の作品を読み返しながら自分の作品の至らなさを一つずつ解決していくんだろ その手間そのものが創作の価値だろと思っているので、


上手く言えないのですが、


ただ、カクヨムとか読んでいても「なんであなたがそんなものを利用する必要が?」というレベルの人がAI補助利用してたりするのです。

そんなもん使わずともあんた書ける人でしょ、と思うような人が。

そういうのは文章で分かるんですよ。
AI色が強すぎる文章は特徴が出るので、必ず分かる。
AIに乗っ取られた文章だなというのは。
そういうのではなく、
本当にこの人補助利用なんだろうなというのが分かる人がいる。

私が分からないのはこのレベルの人で、

「なんで貴方がそんなもん使っちゃうのよ」

という不理解があるんです。




しかし昨日ふと告解のシーンを見ていて(別にそんな大層な告解シーンじゃない。ただ告解部屋があり、そこを訪れる人がいる、欧州って確かにこれが普通の日常の文化の一部なんだなーと感じる程度のこと)



恐らく、この
「なんで貴方がそんなもん使っちゃうのよ」
のレベルの人がAIを補助利用する時の心理が、ちょっと告解部屋を訪れる心理に似ているのかなと思ったのです。

多分、長らく悩む創作の悩みや迷いがあるんですよ。
そして真剣に色々考えてるんです。この人達は。
そして誰にも相談出来ない感じにある。

そういう時、相談相手としてAIを利用する。求める。

自分の迷いや悩みを、助言を受けて解決したり、
言葉が返る存在があること自体に安心感があるのかと。




私の中にある創作の悩みってもはやそんなレベルにないので、全然不必要なのですけれど、



恐らくその人たちには「助言を受けて安心する、解消する、ちょっと歩みだせる」ような領域の悩みがあるのではないかなと。


こういう人たちが補助利用していると「なんでよ?」とは疑問に思いますが、

別にそれは不快感じゃないのです。

ただ、不快感を感じる生成AIの使い方をしている創作者も中にはいて、
それはいわゆる告解に例えると

「自分でちょっとは真面目に時間を掛けて考えてみるくらいしろよ💢」

という部分が抜けている。
これが抜けた時に、
全く告解という伝統のある場所に生きる人たちとは

「助言を求める」

時の姿勢が違ってくるんですよね。
いわゆる真剣な悩みでもないから、答えも適当に聞くんですよ。

適当に聞いとるなこいつ他人の話をっていうのが出てるんですわ。作品に。
自分が何も成長してない。
得てない。


私が思う「何故貴方がそんなもん使っちゃうのよ」というレベルにいる人は、多分ですが徐々に補助利用の回数や頻度もいずれ減って来るベクトルにいるんじゃないかなと思うのです。

依存してないからね。

いわゆる「告解部屋」はあってもそこを訪れない人になる。

でもそれがあること自体は否定してない。



私は最初からこれなんですよ。



そういう私と同じ領域にこの人たちはなれると思うから、
嫌悪感が無いんだと思うのです。

真剣に悩んで、迷って、
助言を欲する。

それ自体は私は全然否定してないので。
ただ私は【告解部屋】を必要としてないだけで、
そこに訪れる人を軽蔑はしないのです。



ただ、全然真剣じゃないし心から他人の助言を受ける気も無いのにそこへ向かって司祭の時間を無駄に費やし、他の、真剣に告解したいと願っている人の時間を奪ったりしている人間に対しては強い不快感を持つ。
その姿勢や覚悟の無さに対して、人間そのものとしての不快感を持つ、そういうのはあるのだと思います。





作品に助言が全く反映されず、
AIに助言を受けても全く文章が意味不明で下手なまま。

そういうものを「見る価値はない💢」と分類しているのかもしれません。








漠然としていて、

まだ完全には捉えきってないんですが、

ただふと告解シーンを見て

やはりそういう時には最低限の「信頼関係」があるよな

場所の弁えや、

覚悟を含んだもの、


と思った時に


「なんで貴方がそんなもん使っちゃうのよ」


と不思議に思う人たちは多分私にとって真剣な気持ちで告解部屋を訪れる人たちなんだと感じたのです。





生成AIに文章乗っ取られてるなと私が判断する人は、
「司祭さん今、暇~?」とか言いながら告解部屋を訪れる人ですね。

暇とかじゃねえんだよ。

そこは。

多分相談を受ける方も心を鎮めて訪れる人を待つ、それも大切な務めをしている最中なんだよ

アホみたいな奴に付き合ってると心がイライラするやろ。
それも集中が切れてしまうからある意味営業妨害行為なんだわ。




AIは人じゃねえから、

下らない問いには下らない答えを真面目そうに。

真剣な問いには真剣な答えを合理的に、

ただ出すだけだけど。




AIが人間だったらおめー本当に多分心底嫌われてるぞと思うような人間すごく多いですよね。
神の文化を持たない創作する日本人の心の弱さに、スッ✨と入り込んだのがAIというものなのかもしれません。


まあただ「真剣な悩み」などというのは
言ったもん勝ちです。

全然真剣に悩んでねえよ絶対こいつ

と100人いる人が100人思っても、

「いや俺は真剣に悩んでる」

と本人が言ってしまえばどうしようもありません。





だから究極に大事なのは「問題が解決したか、答えは見つかったか」の部分なんだと思います。




真剣に悩んでると言った奴が助言を受け、どれほどの文章を書くようになったのか。
ここを見れば真剣さの真偽は判断できます。
おめー全然真剣じゃねえだろと思うような内容を書いてる場合、

あんたに必要なのはAIじゃねえ。

もっと一人の人間として自分自身できちんと考えるって基礎的な作業だよ。

と思ったりしますね。











しかし私は無神論者ですけど、
神の文化を持つ人たちには非常に興味を抱いています。

何故ならあんなに過酷な運命を戦うアスリートたちの中にも、勝負の局面で十字を切ったり祈りを捧げたりする人たちがいるからです。

そういうのは私はスポーツ愛好家として日々目にしています。

凄まじい重圧を背負ってる選手が大切な局面で祈りを捧げていたりすると、「こんな時にやはり心の最後の砦に神や祈りがなってるのか」と思うと、結構驚愕します。

だってアスリートですよ。

自分の現実の力以外、ある意味無視される世界で戦う人たちです。

そういう人たちが戦いの場所で神や祈りを欲する。

これは私として驚くべきことなのです。
あんたたち自身に運命を切り拓く才と力があるように見えますけど!?✨って。


しかし、中には信仰心というより「ルーティン」習慣として、
心の安定のために、テンポの為に慣れ親しんでいる仕草を行う、というニュアンスもあったりして、


まず彼らにとってそれが「日常」や「自然」なのだ

という立場に立たないと、その真髄を理解することは出来ないんじゃないかなと思います。


私にとっては神や祈りを捧げる行為は「非日常」で「自然ではない」ため、
少し解釈が異なる。
きっとそこには大いなる意味があるに違いなどとつい思ってしまうのですが、


中には「息をするように自然に祈りを捧げられる」領域になってる人もいるというのは彼らの世界を理解するうえで重要ですね。







いずれにせよ、非常に興味深いです✨











いや違うんですよ。

想像してみたんです。私には想像力という強力な武器があるので。
告解部屋に入り、自分の悩みを打ち明けるのを、想像してみた。

絶対無理でした。

守秘義務を持つ司祭。

そういう人だと思っても、見知らぬ人です。
この人が私の秘密を守り、悩みを真剣に聞き助言してくれる義理はない。
そう思って仕方ないです。

しかしそこが多分考え方の違いで、

あちらの方たちは小さい頃から日曜礼拝に通っていたり、
何かと教会に関わる文化があります。
通りがかる場所にいつもある場所かもしれない。
子供の頃はその庭で遊んでいたのかも。
そういう時に司祭が優しく声を掛けて、ずーーーーーーーーーっと知ってる人なのかもしれない。

その人自身や、
司祭という立場への信頼感が根付いていると、

多分ちょっと違ってくるのです。



しかし私には全くそれが無いため、
告解部屋にいるのは神でも司祭でもなく他人でしかなく、
信仰心が無いため、
相手にも自分にも、
信じる義理は無いと思ってしまう。



それを考えると、
告解できる人はもしかしたらものすごく信仰心が強く、
逆に心が強い人なのではないかと思ったりもするのです。



AIに乗っ取られている人には一切こういうの感じません。
弱くて実力がねえだけだと思うので、明らかに捉え方が違うのです。
ただ、「この人いい文章書くのに何故AI補助利用してるんだ」と不思議に思う人には、なにか上記の感じを感じ取ることがあります。

ただこれも本当に素晴らしい内容書いてるのになー
セリフにも魂や実感が籠ってるのに、とそう思う人に対してだけ。
非常に稀なことです。



大概の人間に対しては私は「自分でもっとそれこそ熱出るまで考えてみろや」と思う方なので。



しかしそう思わせない人たちが、たまにいるんですよね。




まあ何にせよ自分の努力を怠る奴は私にとって信仰があろうが無かろうが大嫌いな存在であることに変わりはないです😊

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