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ラジオネタ

寒いけどー寒いのは気持ちいいー
プレビュー↓



 夜の八時すぎ、わーちゃんねるの生放送スタジオは、いつもより少しだけにぎやかだった。明かりのついた机の前に座るアン=ローレンは、銀色の髪を耳にかけながら、マイクに向かって軽く咳払いをした。


「はい、こんばんは。風まかせラジオ、本日もお付き合いください」
 映像はシンプルだ。アンの顔、それから時々、横でディレクターを務めるガーちゃんの手元が映るだけ。しかし、コメント欄は止まらない。配信開始五分で、もう三千を超えている。
「今日も来てるねぇ」
アンは画面をちらりと見て、小さく笑った。半年前なら、三百も来ればよかったのに、最近は数字が違う。理由はひとつ、先週の「ブルマ運動会」企画だ。見た人は大笑い、見逃した人はアーカイブで再生している。おかげで、チャンネル登録者も伸びた。
「そうそう、昨日のアーカイブ、もう五万回再生超えてるみたいですよ」
横から声をかけてきたのは、スタッフのユーナだ。水色の髪を揺らしながら、麦茶の入ったグラスを差し出す。アンはそれを受け取り、一口飲んでから、続けた。
「でも、やっぱり生放送は別でしょう。みなさん、コメント欄、ひっきりなしに書き込んでくださいね」
画面の端に、天馬蒼依が顔を出した。彼女は、ミニ丈の巫女装束を着たまま、手にした紙袋を掲げる。
「お便り、来てますよー」
アンは、ちょっと驚いた顔をした。いつもなら、もっと前に届くのに、今日は遅い。蒼依は、紙袋の中から、封蝋の押された白い封筒を取り出した。
「差出人は……水鏡冬華様」
アンの眉が、ぴくりと動いた。冬華といえば、蒼依と風音の師匠、しかも、ミハエル公爵の嫁の一人だ。そして、何より、先週の運動会で、最後まで観ていてくれたという。
「じゃあ、読みますか」
アンは、封を開いた。中には、便箋二枚。字は、きれいな楷書だ。アンは、一息ついてから、読み始めた。


「いつも拝見しております。先日のブルマ運動会も、アーカイブで拝見いたしました」
コメント欄が、にわかにざわつく。アンは、続けた。
「で、悩みがあります。この前、デパートでアイスクリームを食べていたら、
『かわいそうに。本当にうまいアイスクリームを食べたことがないんでしょう』
 と、隣に座っていた男性に言われました」
アンは、ここで一度言葉を切った。画面越しに、視聴者の顔は見えない。でも、スタジオの空気が、少し変わった。


「これ、どういうことでしょうか。なんだか、むかっ腹が立ちまして、右フックを、その背の高い男にお見舞いしてやりました」
ガーちゃんが、隣で小さく
「きゃっ」
 と声を上げた。ユーナは、口元を押さえて、笑いをこらえている。蒼依は、楽しそうに目を細めている。
「アイスクリームとアイスミルク、ラクトアイスの違いを指摘している風にも見えませんでした。アン様のご意見を、お聞かせください」
アンは、便箋を置いた。一瞬、沈黙が落ちた。そして、次の瞬間、コメント欄が爆発した。
・「わろた」
・「右フックwww」
・「冬華様、やさぐれてる」
・「アンちゃん、どう答えるん?」
・「アイスクリームの話じゃないよな」
アンは、額に手をやった。どう答えればいいのか、わからない。アイスクリームの味の差? それとも、もっと深いこと? 冬華は、本当は何を聞きたいのだろう。
「えーと……」
アンは、マイクに向かって、ゆっくりと息を吐いた。視聴者数は、八千を超えている。みんな、アンの次の言葉を待っている。
「まず、暴力はよくないです」
まずは、そう言った。でも、コメント欄は
「いや、それは!」
「もっと深く!」
 と、ざわついている。アンは、続けた。
「でも、よくわかります。私も、食べ物のことを、ああ言われたら、むかっ腹立ちます」
 天馬蒼依が、小声で
「そりゃ、君は怒るよね」
 と呟いた。アンは、彼女をにらんでから、続けた。
「アイスクリームの味って、人それぞれですし、好みも違う。でも、
『あなたは本物を知らない』
 みたいに言われたら、むかつきますよね」
 コメント欄が、にわかに納得したような反応を見せる。でも、まだ、話は終わらない。アンは、便箋をもう一度手に取った。
「冬華様は、本当は、アイスクリームの味の話をしているんじゃない気がします」
 そう言った瞬間、視聴者数が九千を超えた。アンは、画面を見て、小さく笑った。
「だって、
『かわいそうに』
 って、言葉、すごくないですか? 食べ物の話をしているときに、そう言われたら、むかつくのは当然だと思います」
ユーナが、小声で「上から目線、最悪」と呟いた。ガーちゃんも、頷いている。アンは、続けた。
「私だったら、まず、
『どこのが本物ですか?』
 って聞き返しますね。そしたら、きっと、相手は、自分の知ってる店の名前を出す。で、私は、
『じゃあ、今度行ってみます』
 って言う。そしたら、相手は、びっくりするはずです」
 コメント欄が、にわかに賛同する。でも、アンは、まだ、話を終えていない。
「でも、一番大事なのは、自分の好みを、自信を持って言うことだと思います。私は、このアイスクリームが好き、って。それで、十分だと思います」
 アンは、便箋をそっと閉じた。そして、マイクに向かって、最後に、こう言った。
「冬華様、次は、ぜひ、あなたのおすすめのアイスクリームを、教えてください。一緒に、食べに行きましょう」
 一瞬、静寂が落ちた。そして、次の瞬間、コメント欄が、花火のように爆発した。視聴者数は、一万を超えた。アンは、画面に向かって、軽く手を振った。
「というわけで、本日の放送は、ここまで。次回は、もしかしたら、アイスクリームの旅になるかもしれません」
 スタジオの明かりが、ゆっくりと消えていった。

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