ゴールデンウィークに入る前に、北の大地の春を味わってきました。いまはちょうど別の小さな休暇に入り、先日の旅をゆっくり反芻する時間ができています。
一人旅は、良い面も大変な面もはっきりしています。異国の地で自分の行動すべてに責任を持つのは決して楽ではありませんが、そのぶん自由でもあり、行き先をすべて自分で決められます。今年は桜の開花が早く、東北から北海道へと北上する道すがら、さまざまな景色に出会えました。けれどやはり、人の少ない場所がいちばん心に残ります。
交通の便があまり良くないからでしょうか。桜の盛りの時期であっても、津軽鉄道沿線の町はどこか静まり返っていました。金木の斜陽館を訪れた際も、まばらな来訪者の中で、異郷から来たのは私一人だけでした。この静けさがとても好きです。
どれほど観光案内が丁寧に書かれていても、実際にその場を歩く体験とはまったく別物ですね。撮影禁止の書斎を歩き、資料に目を通しながら、太宰治という人はやはりどこか欠落を抱えていたからこそ、あれほど多くの名作を生み出せたのだろう、と感じました。
ある存在にとって「生きる」ということは、修行のような苦しみの海であったり、長い時の中のささやかな休息であったりもします。けれど、私たちのような普通の人間は、そこまで難しく考える必要はないのかもしれません。何かを無理に追い求めなくても、歩んできた軌跡そのものに意味があるのでしょう。
ときには、頭を高速で働かせなくてもよい時間を自分に残してあげるのも、なかなか悪くありませんね。
次もまた、静けさを求める旅に出たいと思います。
