【語り部: |天《そら》】
上級ダンジョン11階層キャンプ地の夜も更け、寝支度に入る前のひととき。
焚き火を前にして、善は椅子代わりの切り株に腰を下ろしたまま、いつもの仕草で虚空に手を滑らせる。
淡い光が集まり、彼の前に半透明のステータスウィンドウが浮かんだ。
その端に付属している簡素なメモ帳アプリ――YWTメモ。
彼はそこへ、文字を打ち込んでいく。
無駄のない指の動き。
まるで楽器を扱うみたいに迷いがなく、カチ、カチ、と小気味よく入力音だけが響く。
「記録って、大事だからさ」
画面を閉じながら、善がぽつりと呟いた。
「今の俺たちが、どれくらい成長してるのか。
どこで足踏みしてるのか。
それを把握しておかないと、判断を間違える」
火花がぱちりと弾ける。
向かい側で天は、その様子をじっと見つめていた。
165センチの彼女よりほんの少し高い、172センチの善。
赤いインナーカラーの覗く黒ボブが、炉の灯りに柑橘系の香水の匂いと一緒にやさしく揺れている。
ふざけた空気はもうない。
ブラウンの目は真っ直ぐで、彼の言葉一つ一つを逃さないように耳を傾けている。
「父さんの受け売りだけどね」
善は頭を掻いた。
「“自分を正しくはかる”のが、努力のスタート地点なんだって」
「自分がどこにいるか分からないと、目標との距離も方向も測れない。
そして――何もしなくてもタイムリミットは向こうから来る。
だから、いずれ来る目標を乗り越えるための足場を作る。
それが本当の意味での努力だってさ」
薪がパチパチと音を立て
熱が肌にあたる
天はそれらを五感で感じながら思う。
(……善って、こんなふうに考えてたんだ)
彼女の視点は自然と“近くなり過ぎない”。
けれど心は、確かに寄り添っていた。
「学校にいた時は、テストの点が全部だったから、考えなくてよかった。
この世界じゃ、ステータスもハリボテだ。
だから尚更、俺は記録が必要だと思ったんだ」
そこで一拍、言葉が止まる。
天は小さく息を吸ってから、静かに口を開いた。
「……善って、努力のイメージがちゃんとしてるんだね」
「いや、高校生のガキだよ」
善は自嘲気味に笑った。
「目先の目標は“上級ダンジョン制覇”。
でもそこで終わりたくない。
その先の“本命”は、まだ決まってないだけだ」
天は、ほとんど迷わず頷く。
「それでいいと思う」
柑橘の香りがふっと強くなる。
「“終わりたくない”って感覚があるなら、
きっと、まだ伸びる」
炉の火が、もう一度だけ、ぱちりと鳴った。
その横顔を見つめながら、天は思った。
彼の言葉は縦に深く、
自分の想像は横に広い。
(……やっぱり私たち、いいコンビかも)
善の語った熱が、静かに彼女の胸にも灯る。
判断の基準を自分自身で作ること。
その大切さを、善の真剣な背中と、少しだけ誇らしげに見守る天の視線が物語っていた。
※イラストはchat GPTを使用
