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父親という存在を考えるーー第46話に寄せて

こんばんは。『音に、音はない』第46話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16818792435869696813/episodes/16818792438808390014

今回のテーマは「父親」です。

ベニさんが言ってくださったように、最初は音羽のお父さんが斉藤先生のような存在なのかなと思われた方もいたかもしれません。実際はそうではなく、ベニさんが気づいてくださった「父親の不在」に近い部分があります。

音羽のお父さんには、いくつもの側面があるということを描きたかったのです。彼はとても優しくて、音羽を大切にしています。けれど音羽にとって大切な場面では、いつも姿を見せない。そんな父親像を描きました。実際、こういうお父さんは少なくないのではないかと思います。

そして、その正反対のタイプもいます。日常のことにはまったく関わらないのに、子どもの人生の大事な場面では自分が決める権利があると考えてしまう……澪のお父さんは、まさにその一例ですね。

もちろん、これらはどちらも「父親」という存在の一つの側面にすぎないのかもしれません。

今日の後書きは、本当はもっと長く書いたのですが、削ってしまいました。正直に言えば、多くのお父さんやお母さんは十分な準備がないまま親になってしまっているのだと思います。ただ、中には学びながら親になる人もいれば、学ぼうとしない人もいる。子どものために一生懸命で、とても真面目なお父さんも確かに存在します。その一方で、子どもへの過剰な関心は、かえって子どもを苦しめてしまうこともあります。

だから私は、父親であれ母親であれ、そして子ども自身であれ、少しでも「自分自身に目を向ける」ことができれば、もっと良くなるのではないかと思っています。自分を大切にすることは決して悪い意味での「わがまま」ではないと思うんです。過度に子どもに向き合っているお母さんが自分のために時間を使えば、子どももほっとできるかもしれないし、「親に愛されていない」と感じる子どもも、自分を大切にすることで幸せに近づけるかもしれない。

結局のところ、すべての感情は「自分を愛すること」から始まって、その先に初めて「平等な尊重」が生まれるのではないでしょうか。親子関係も含めて。これは、私の母が教えてくれたことでもあります。

もちろん、これらはあくまで私個人の感じたことなので、どうぞ気軽に受け止めていただければと思います。それに私は親ではありませんし、私の子どもといえば猫や犬たちなんです〜どうか今週も、みなさんが健やかで幸せに過ごせますように!

8件のコメント

  • 散々教育の勉強をしているのに、
    親になっていない私達のような者もいます(笑)
    「何で子育て一番向いている人が、子供いないの」と、
    碧は妹に散々言われています(^^;)

    あと、
    碧の職場の件、ご心配頂きありがとうございます。
    職場で不祥事が起きて、それが全国ニュースとかでも報道されている状況なので、正直、どうなるかわからないです(-_-;)
    と書くと、職場がある程度予想がつくかもしれませんが。

    職場の状況次第では、しばらくカクヨムから消えるかもしれませんが、余裕が出れば来ますので、
    今後も宜しくお願いします(*^_^*)
  • note でも私などの名前を出していただき恐縮です。
    万が一、作品やほかの読者に悪い影響を与えるような強めの言い方をしていたりしないかとヒヤヒヤしています。

    不在だった父親の場所に、どんな父親がすべりこんでくるのか、そこが物語の特徴にもきっとなると思います。
    いい人とだけ出会うのがいい物語ではないのですよね。

    ところでクリくんが、今日の写真ではとても男前に見えます。たいへんな目に遭ったので、痛みに耐えている男の顔なのか……ダイエットの効果が出始めているのか……一番ありそうな可能性はべにとべには錯覚している、です!
  • これまで音羽父が現れなかった理由、納得です!
    子供とどのような距離感で接するか、とても難しい問題ですね。
    自分を大事に……やはり、これは大切なことですよね(^^)

    クリ君、アイドルのようなポージング!
    可愛いー!!!
  • 蒼風さん、碧さん、おはようございます!
    蒼風さん、こうして教えてくださってありがとうございます。きっと彼女のことを大切にしてくれると信じていますし、お二人が幸せに過ごせますように願っています。碧さんの気持ちも少しでも晴れやかになりますように!!
    はい、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
  • ベニさん、おはようございます。
    いつもコメントからたくさんの気づきをいただいています。実は、ベニさんへのお返事を書いたあとに自分の言葉がうまく伝わっていない気がしてノートにまとめたんですが、「ある人が言っていた」とぼかすよりも、それはかえって失礼だと思って、ついお名前をそのまま出してしまいました。許可をいただかずに書いてしまって、ごめんなさいね。

    それから、この栗の写真は昨日、父に骨を取られて怒っていたときに撮った一枚です〜
  • ファラドゥンガさんのおっしゃる通り、やっぱり「距離感」というものはありますよね。そこに性別の要素もあるのかもしれないし、あるいは性格の問題かもしれません。母親のほうが娘と一緒に過ごす時間が長い場合もあるし、一方で父親にはいろんなタイプがいて――大事な決断や出来事にはまったく関わらないのに子どもをとても可愛がる人もいれば、逆に子どもと一緒に過ごすことはほとんどないのに、「父親だから」と思ってすべての重要な決定に口を出したがる人もいる。そんな感じかなと思います。
    それにしても、この栗の写真、けっこうカッコいいでしょ!
  • 名前を出すのはまったく問題ないですよー。神器を通してくださった(すごい誤変換。仁義です)とうれしく思います。そして怒りの念が男児を強くするんだなあ、と写真の真相を知って学びました。
  • ベニさん、本当に可愛らしいですね。コメントをいただけて、とても嬉しいです。今日もメッセージをありがとうございます。
    実は今日は手紙の雰囲気を壊したくなくて後書きは書かなかったんです。この一文を書いたときに、「もしかしたら誰かが聞いてくれるかな」と思っていました~
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