• 歴史・時代・伝奇
  • 現代ドラマ

負け続ける物語に、需要はあるのだろうか?

はいどうもこんばんわ、人生勝ち組と負け組で分類したら圧倒的負け組代表・川中島ケイです。

 まあローンはあれども住める家と出来る仕事と日々の食べ物があって、課金しなくても遊べる趣味がある段階で恵まれてると思っていますけどねー。

 売れないバンドマン時代にアパートの廊下の蛍光灯を頼りにカップラーメンの残り汁に米を入れてすするだけの日々も体験した身としましては><


 っていう不幸自慢はともかくとして、タイトルに書いた話。

 TVerでオードリー・若林と南海キャンディーズ・山里が売れるまでの事を描いた『だが、情熱はある』を見直していてふと、そう思ったんです。

 この物語、リアルタイムで放送されていた時も好きだったのですが、何が凄いって本当に後半の後半まで、一切いい事が起こらないこと。
 ことにオードリー若林の方なんて12話完結の9話目の最後まで本当に上手くいかない事ばかりですからね。失敗しては早くに成功して持て囃されてる奴や関心を持ってもくれない奴を妬み、それをバネに努力できるかと思えば無駄な時間を過ごして失敗し、何かのきっかけで浮上できるかと思えば大してそんな事も起こらず……

 他の方には全く刺さらない話かもしれないのですが、まるで自分がバンドやってた時みたいだなと思って、私個人はとても好きなお話なのですが……これって、果たして自分だけなんだろうか?と。

 その一方で最近、オススメ欄から上がってきて数話だけ読んでみた☆1000を越える作品が「最初からチート級ハーレム主人公」「ヒロインに何故か好かれてて実は両想い」「実は最強レベルなのに主人公だけ無自覚」
とまあ、目を覆いたくなるようなテンプレ……

 いや失礼、私の描きたいと思ったり求めているものとは真逆のお話ばかりで、少し辟易してしまいました。

 やっぱり皆、そういう話しか求めていないのかな?ご意見を戴けると嬉しいです。

今日の一曲
Innocent / Our Lady Peace
https://www.youtube.com/watch?v=h1Z89zW-8sY

 カナダでは有名バンドらしいですが日本では知ってるという人に会った事が無いバンド(川中島、そんなバンドばっか聴いてますw)

 歌詞で「落ち込んだのを覚えている、希望を失ったのを覚えている、そして、それが全て止んだ日を覚えている。いつか全て、笑えるようになる日が来る」と歌ってる部分が好きで、拙作『Re:bright』もそうだけど、やっぱり本当に描きたい物語はそういう物語なんだよなあと思います。なかなか人の目に触れる事は多くないかもしれないけれど><

 そんな話がこの広いカクヨムの世界に一つぐらい、6等星ぐらいの輝きで存在していたって、良いよね?

 そんな話を、いつかお届けしたいと思っています。読んでくださって、ありがとうございました^^

8件のコメント

  • そう……それよ、それ……
    (そうそう!それそれ!! ではない……。力尽きそうになりながら、静かに共感する感じw)

    私が異世界モノにいまいち共感できないのは、ありもしない世界への現実逃避を否定しているのではなく、なにかそこに至るまでの生き様と云うか、共感を呼ぶなにかがすっぽり抜けてる感じと、そこって確かに見たくないかもしれんけど、実は一番大事な部分じゃない? という反発があるからなんですよね。
    たしかに、見ようによっては前述の『だが、情熱はある』的な表現というのは使い古されたお涙頂戴ものにも思えるかもしれないけれど、そこには、少ないながらも強烈にぶっ刺さる受け手がいると思うんですよね。世間では、売れるようになってからの彼らしか求めてなかったかもしれないけれど、今の彼らを形作ったのは間違いなく「売れてなかった頃の彼ら」の方なんだよ、という────

    努力とか情熱とか、多分言われると現代人って「あーはいはい」という答えをしたくなるんでしょうね。その気持ちもたしかに分からなくはないです。
    ただ、諦めんの早すぎね? というのが最近思うことで。
    一度失敗したらもうおしまい、という現代と言われますが、逆に言えば自分で終わってないと思えばいつまでも続けられるのも現代なんじゃないかと。たぶん、今という時代は、価値基準が「誰かに褒められること」という一点に集中しすぎちゃってるんだと思うんですよね。

    創作というのは、その誰も目を向けない部分を形にする数少ない手段だと思っているので、多分死ぬまで続けるだろうなぁ、と思っております✨️
  • うまく言えないので、ざっくりとだけ。

    テンプレが好きな人もいるのだと思います。
    私個人は、そうじゃない方が好きですね。たとえ少数派であっても。
  • 天川さま、理解してくれてほんっとありがとうございます!

     いやもう目の前に居たら両手でシェイクハンドものですよっ!分かりみ、という言葉に対してこっちは無い造語ですが、分かってもらえみが深すぎるっ!

     最近の中高生や20代の人からしたら努力とか足掻きとか「はぁ? そーゆー昭和臭いの古いし創作の世界でまでそんなん持ち込むなよwこっちは圧倒的パワーでお気楽お手軽に嫌な奴にざまぁ食らわせてスカッとする話が見たいの」とか言われちゃいそうな気がするのですが……

     やっぱりそこに至るまでの理由とか葛藤とか、圧倒的に『まだ足りなかった日々』が無いと共感とか感動とか全然生まれないと個人的には思うので。そこの部分も観てくれる人がいていただけるのは嬉しいです♪
  • 三奈木さま、コメントありがとうございます。

     やっぱり数字だけ見ちゃうとテンプレが好きな方が多数派になっちゃうんでしょうね。でも少数派だとしても、そう言ってくれる方が居てくれることは心強いです^^
  • @maruidan5nosukeさま、コメントありがとうございます♪

     なるほど、確かにそういった見方もあるのですね。確かに音楽に関してはその時代ごとのメインストリームというか時流、流行っている音楽はありましたが、そうでなくても一定の層が圧倒的に支持してくれるジャンルは細くとも長く生き残っていますもんね。分かりやすいもので言うとヘヴィメタルとか。

     負け続けても努力して努力して最後の最後、部活引退を間近に控えた頃になってようやく才能ある仲間やライバルと肩を並べられるようになる……まさしく私の推しである手嶋先輩の様な人物を主人公に据えたロードバイク作品が沸々と書きたくなってきました。

     そういえば弱虫ペダルの渡辺航先生もサイン会やトークライブへの参加にかこつけてその地域でツーリングされてますね♪
  • @maruidan5nosukeさま、追伸の方で書かれているお話、中々に面白そうです^^

     海外のマイナーな映画ではメンバーが喧嘩別れして解散したバンドが20年の歳月を経て再結成・再ブレイクを目指しながらツアーを周って最後には大きなフェスに出るという物語を見た記憶があります。何て映画だったか忘れましたが。

     バンドものでは実は今すでに書きかけている物語があるのです><アイデア戴いたのに残念です……
  • こんにちは!
    難しいところですね!
    需要はあると思うんですけど、どう届けるかって問題がありますし。
    いまのWEB小説を形作っている層にはマッチしてないですもんね。

    先日おもしろい創作論を見つけました。
    なろう系はなぜ『流行る』のか/もちあんこさん。
    ここの三話。
    人気の出るなろう系小説には全て「俺はクズだけどクズじゃない」というメッセージ性が込められている。
    が特に興味深かったです。

    これ、WEB小説の本質をついていると思います。
    逆にテンプレは本質じゃない。
    テンプレは間口を広げるだけ。
    わたしはそう分析しています。
  • ウツロ様、コメントありがとうございます♪

     そう~なんですよね。圧倒的に『層にマッチしない』という問題はあると思います。じゃあ何処なら、どんな表現方法ならマッチするのか?それは少なくともカクヨムではないのか?それとも工夫次第でって話?などいろいろ考えたいところです。


     挙げていただいた作品、面白そうな創作論ですね^^読みに行ってみたいと思います。
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する