マクロ視点では、社会にも世界情勢にも環境問題にも、あんまり希望的観測はオススメしませんが。
さて本題、個別な視点です。あくまでも個人的な意見として。
人間、50年くらい生きてると、長年、アタマの片隅にひっかかってた小さな疑問符が、ある日突然、霧が晴れたみたいに腑に落ちることが、まあ10年にいっぺんくらいのレベルで、あるかもしれない。
ガッテン! スッキリ! (今時言わないか)
セレンディピティとかシンクロニシティ、アハ体験、エウレカ効果。
それだけを期待して、
長生きするついでに、できれば、話の通じる人で、価値観は似てるヒト複数人の、できれば家族以外の、「社会」で生きる時間をある程度もつと、答えが見つかる頻度が、もっと多くなるかもしれない。
まあ限度はあるものの、引きこもって隠居する環境は整っていたとしても、一人になる時間が必要なタイプだとしても、最低限の社会参加は、やっぱり無いよりあったほうが良いんじゃね? ってなるし、
才気煥発、目から鼻に抜ける、打てば響く、いちを聞いて十を知る、っていうひとには、若干物足りないかもしれませんが。
ぼくはー少々ーアタマのめぐりが-滞ってトド凍ってるのでー。
あと人づきあいを億劫に感じるところある。