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(。´・ω・) やりすぎちゃったの

先日、自分の会話劇のスタイルの話題に触れましたが、
https://kakuyomu.jp/works/16818622175135438387
を解説として置いておきます。

(。´・ω・) というのは置いておいて

以前。長編ファンタジーの2作目かな。第3章と第4章の名前付き登場人物を4人削るという荒治療を行いまして、その結果一人一人の登場人物のキャラ濃度が上がって物語が引き締まったように感じた経験がありました。
そこから思考の方向性が「いかに名前の付いた登場人物の数を減らすか」というこだわりに繋がり、短編については主人公以外の登場人物(ヒロインなど)1人の名前だけでだいたい構成ができるようになりました。
モデルでいうと

主人公[僕]⇒ヒロインの名前呼び
ヒロイン[あたし、うちなど]⇒主人公を部長、先輩、お兄ちゃん呼び
名前のない登場人物の一人称[俺、オレ、あーし、わたしなど]

ここから全員名前を登場させないで構成するやりかたを模索していくうちに「主人公、ギャルA、ギャルB、ギャルC、ギャルD」と、ついに来るところまで来たな。と、やり過ぎました。(*´▽`*)

もう少しマイルドに、例えば主人公、主人公の父親、ヒロインで三角形を構成して

主人公[僕]⇒先輩(ヒロイン)、親父(主人公の父親)
ヒロイン[あたし]⇒君(主人公)、おじさん(主人公の父親)
主人公の父親[オレ]⇒お前(主人公)、ヒロインは未定

という感じで、これらの登場人物に名前を付けて人数を拡張することで上記の自分の会話劇のスタイルに変化をしていきます。


それで今回の話の本題なのですが、
(短編について)やり方を模索すれば模索するほど。モデル化を確立しようとすればするほど。モデリングが得意なAIに近づいていることに気がつきました。言い換えると「て」「に」「を」「は」などを注意深く使わないと、短編について自分の今のやり方ではAIが作るものにも見えてくるということです。

( ゚д゚ )悔しいです!

この気づきはショックが大きかったですね。おおげさに言うのであれば自分のアイデンティティが見えない。モデリングをすればするほど、型を作ろうとすればするほど、自分がAIに近づいている。「自分 ≒ AI」の数式が見えた感じです。

じゃあ、自分はいったい何者なのか? 自分>AIとは何なのか? ということを考えると『どこまで人間味を感じるか。魅力的になれるか』という自分なりの答えにたどり着きました。

将棋でAIvsAIよりも人間vs人間、人間vsAIを見たいと思うように、そのコンテンツに人間味が含まれるかが大切なように思えてきました。

ずっと前に自分が作った「バジルソースの袋」なんかは登場人物の名前は一人も出てきませんが、少年とおじさんの人間味のある交流を通して物語が前を向いて終わりを迎えます。
肌触りとか直感とか、そういう作者独特の空気感を生み出せるかがAIと区別化するのにいかに重要か。それを感じた次第です。


(。´・ω・) もしもしAIさん。トイレットペーパー12ロールを買ってきて

『わかりました。注文をします。あなたに提案なのですが、様々なニュースから追加でトイレットペーパー1年分を買っておくのはいかがでしょうか?』

(。´・ω・) わかった。じゃあ、それでお願い。

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