自分が読んだことのある小説家のなかで、恐ろしいと思ったのは夢枕獏さん。
私はこの方の文章がとても好き。
読みやすくて、使う言葉や漢字が面白くて、ダークであっても、ちらりとユーモアが潜んでいる・・・ただそれは、この作家の話のなかで安全なお話に限って、である。
ある短編を読み始めて、冒頭からしばらく機械的な描写が続いているところで吐き気がして、目に涙がたまり、脳に描かれてしまった情景をどうにか消したくて読むのをやめた。
でも、あまりに読みやすいために、するすると脳に情景が広がるのを自分ではもう止められないし、その情景があまりにも濃く鮮やかすぎて、途中で読むのをやめてしまったがゆえに脳内には同じ情景がリフレインすることになり、結局読み終えなければこの地獄が終わらない、と、吐き気をこらえながら最後まで読んだ。
結果、2日、食事がのどを通らなかった。
絵も写真もない、ただの文章。
しかもそこまで熱の入っていない、物語というよりも、説明に近い文章。
その話の舞台となる場所へは行ったこともないし、行われたことを見たことも、それを触ったこともないにもかかわらず、私の脳には鮮やかな色彩が広がり、嗅いだこともないのに匂いだとか、吹き付ける風だとかまでずっと残り続けている。
他にもこんな作家はいるかもしれない。
でも、私にとっては、この作品がとんでもない短編であり、この作家の本を読むのは重々気をつけるべしと、大きな声で言いたい。不意を突かれてとんでもないものを読まされてしまうぞ、と。
出版社からの絶大なる信頼と、読者からの絶大なる人気を誇る作家の紡ぐ世界が、いつでも安全と思うな。
文章で、人はモノを食えなくなるぞ。
ペンは剣よりも強し、ではない。
ペンは剣よりも残酷に人を滅多刺しにできる。
恐ろしい作家。
だからこそまた読みたくなるのが恐ろしいところ。