作中に登場した歌「野すみれ」。私のオリジナルではなく、元は昭和9年(1934年)10月に宝塚少女歌劇団花組で公演されたレビュー『野すみれ』の主題歌である。
物語は、「あしながおじさん」や「小公女」がベースと思われる。女学校の寄宿舎に入った田舎の少女アンニーを主役に、規律正しい女学校の生活風景や、近隣の男子学生とのロマンスが展開されるというもの。演出は、「すみれの花咲く頃」の訳詞などで宝塚に大きな足跡を残された白井鉄造先生。
配役も紹介する。
主役のアンニーには、21期生の二條宮子さん。ダイナミックな歌唱、熱情的な演技で、劇団でも異彩を放っていた。ちなみに同期では、後に映画女優となる轟夕起子さん、戦時下のプリマドンナ・糸井しだれさん、後に服部富子として流行歌手に転身する水間扶美子さんほか、個性豊かな娘役を多数輩出している。
アンニーの恋人ハリーには、9期生の奈良美也子さん。この時点でベテランの扱い。それもそのはず、大正時代のお伽歌劇全盛時代からレビュー黎明期、全盛期までをスターとして見てきた御仁である。ダンス、日舞、歌、芝居、男役も女役もできる万能の人。劇団内にも崇拝者が多かった。
準ヒロインともいうべきジュリアには、20期生の久美京子さん。可憐な娘役で、男性ファンも多かったそう。
その久美さんとの「青春コンビ」としてファンの人気を集めていたのが、新進の二枚目・宇知川朝子さん(20期生)。ジュリアの恋人ロジャースに扮し、正統派二枚目ぶりを見せた。現代にも通じるルックスのよさ。前述の奈良さんが舞踊専科に移ってからは、同じく二枚目男役の美空暁子さん(23期生)、楠かほるさん(24期生)とともに「二枚目トリオ」となって花組を支えることになる。
フランクを演じた18期生の大路多雅子さん。包容力で勝負するタイプの二枚目。
オウガスタを演じた13期生の岡真砂さん。レビュー黎明期からの娘役スターで、ここでは三枚目に扮する。
キャスリンを演じた19期生の華澤榮子さんは、名前の通り、華やかな娘役。
メリーを演じた21期生の水乃也清美さん。現代でも、有名人の親類が宝塚入りした……というのはメディアに取り上げられるが、彼女もそのはしりだろう。初代・水谷八重子の姪で、その名に恥じず、芝居巧者として戦時中まで活躍された。
アンニーの父マイクと学生スミスの両役を務めた、9期生の桂よし子さん。当時の扮装写真を見たが、お父さんにしてはかっこよすぎた。この時は花組だが、もとは月組に在籍、その後新設された雪組の初代スターとして活躍された。
女学校の厳格な(?)ミンチン先生を演じたのは11期生の村雨まき子さん。花組の三枚目スター。翌年1月に東京公演が行われるが、その時には退団しておられたので、新人の立松英子さん(19期生)が代りを務めた。
声楽陣には櫻井七重さん(18期生)、寿三千代さん(18期生)、草路潤子さん(19期生)、一條京子さん(21期生)、八千代治子さん(21期生)、芝恵津子さん(22期生)、南朝緒さん(23期生)、花村由利子さん(23期生)など、華やかどころが集結。
そのほか、三枚目の中堅どころ・如月照子さん(14期生)、アコーディオンが得意な伊勢川鈴子さん(16期生)、花組の可愛らしいマスコットたる秩父晴世さん・月野花子さん(21期生)のコンビ、未来の三枚目で大路さんと仲良しの大殿みやびさん(22期生)、期待の新星・美空暁子さん(23期生)、潮しぶきさん(23期生)などが出演している。
特筆すべきこととしては、ダンスに専念していたダンス専科の生徒達が芝居に挑戦していることだろう。主な人に、加茂なか子さん(14期生)、宮島あき子さん(18期生)などがいる。慣れないこととて台詞が棒読みだなどの批判が出ているが、その中でも神代錦さん(19期生)は巧みなところを見せ、後の二枚目男役スターの片鱗を窺わせた。
ちなみに、『野すみれ』と同時上演された演目に『軍艦旗に栄光あれ』がある。題名からして、軍事ものであることは想像がつくであろう。現役の海軍中佐だった松島慶三氏が原作を書き下ろしている。といっても全編堅苦しいスローガンのオンパレードではなく(そんなもの誰も見ない)、笑いあり涙ありロマンスあり、何ならダンスもあり(ルンバやタンゴを踊らせている)、というわけで、かなり宝塚の趣味嗜好に寄せている印象を受ける。
日中戦争が始まる前(~昭和12年7月)までに、宝塚ではいくつか軍事ものを上演している。『太平洋行進曲』(昭和9年5月)、『軍艦旗に栄光あれ』(昭和9年10月)、『明け行く太平洋』(昭和10年5月)、『広瀬中佐』(昭和11年1月)、『少年航空兵』(昭和11年5月)がそうだが、いずれも松島氏が関わり、またいずれも花組で上演されている(『太平洋行進曲』『明け行く太平洋』は東京でも同時上演され、そちらはそれぞれ星組、雪組が務める)。なぜ花組で専売特許的に上演していたのかは不明である。ただ、私の勝手な予想になるが、2つの理由があると考えている。1つは、「ダンスの花組」というキャッチフレーズがある通り、ダンスに秀でた生徒が多く、それだけスタイルもよいので、スマートに水兵服・軍服を着こなしてくれるからではないか、ということ。2つは、他の組よりも中堅・新進が目立っており、どことなくフレッシュな雰囲気だったので、新米水兵が奮闘する物語を描くのに適していたからではないか、ということ。
なお、日中戦争が始まり、国全体が戦争に呑み込まれていく頃には、他の組でも軍事ものを上演するようになる。作品自体も、松島氏のような軍部の人材に頼ってばかりでなく、劇団側でも試行錯誤しつつ製作していくのである。
……『野すみれ』の話から大分それてしまったが、語りたかったので語ってしまった。お許しを。