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『花園ロマンス』のこと

 なぜ少女歌劇をテーマに小説を書いたか?

 答えは単純。大学時代に戦前の宝塚少女歌劇を研究していたのだが、その際に集めた情報を眠らせておくのが惜しかったという、ある種のもったいない精神がうずき出したためである。
 また、戦前の少女小説が好きで、探しては読み、探しては読み……を繰り返しているうち、自分もそれっぽいものを書いてみる気になった、というのもある。ちなみに、拙作『花園ロマンス』の参考にした少女小説は、主に以下の通り。

・川端康成『歌劇学校』
…大正~昭和初期の宝塚を舞台にした少女歌劇もので、その時代に宝塚に在団した女性が執筆に協力している。「少女歌劇」ものの決定版。
・神崎清(島本志津夫)『黒板ロマンス』中の一編「臨港列車」
…××少女歌劇のスター「マーキー」に憧れる少女を、女学校教師の目線で描いた短編。劇団を舞台にしなくても、また少女が主人公でなくても、少女歌劇を描けるんだ! というので目から鱗が落ちる思いだった。なお、拙作『花園ロマンス』の題名はここからいただいている。
・西條八十『花物語』中の一編「ハムレットの幻」
 …女学校の学芸会でハムレットに扮した美貌の生徒と、彼女に憧れる生徒のロマンス。とはいえ、「会いに行けるアイドル」である歌劇スターと、彼女に憧れるファンの物語としても十分成り立つ内容。
・西條八十『天使の翼』
 …波乱万丈シンデレラストーリー、という典型的な少女小説の筋を踏襲した「少女歌劇」もの。主人公は歌が上手く、人気スター「月夜福子」にみとめられて「宝山少女歌劇」に入団し、スターになる。
・吉屋信子『小さき花々』中の一編「紫ゆかりの手記」
 …架空の少女歌劇、一人はスターで一人はワンサガールという格差がついてしまった親友同士のロマンス。

 ……そうして大学在学中から『花園ロマンス』を書き始め、社会人になってからも、ちまちま書き溜めてきたのだった。

 しかし、私が大学を卒業して数年後、当の宝塚でいたましい事件が起きてしまった。

 この頃、私は『もだん・べる』を書きつつ、気分転換に『花園ロマンス』のプロットも量産していた。現代の少女歌劇を内側から、また外側から、出演者、歌劇学校の生徒、演出家、ファン、通りすがり、様々な人の目を通して描こうとしていた。できるだけポジティブな作風を心がけながら。――そんな時に、あの事件である。
 私が研究していたのは主に戦前だったので、それ以降の宝塚には全く疎かったのだけれども、この時ばかりは本当にショックだった。そして、自分が描いてきた少女歌劇の世界が、いくら研究を重ねたところで、どうしたってフィクションの域を出られないのだということを意識した瞬間。書き溜めてきたプロットが、自分の中で急激に意味を失っていった。
(まあ、少女歌劇ものについての創作意欲の喪失を、すべてそのせいにすることはできない。私は、少女歌劇以外にも、無声映画というもう一つの趣味兼研究対象を得ており、それについて書きたいネタが増えつつあった)

 そんな私に、もう一度『花園ロマンス』に目を向けさせたのは、骨董市で集めた資料。および、旅行で訪れた石川県内灘町での学びだった。

 近所の骨董市で、立て続けに手に入った戦前宝塚の雑誌類(『歌劇』『脚本集』『宝塚春秋』)。じっくり読んでいくと、まあ面白いこと、面白いこと! 古くは昭和四年(1929年)のレビュー黎明期から、昭和十年(1935年)の少女歌劇全盛期、その後、世の中がきな臭くなってくる昭和十三年(1938年)、十四年(1939年)、十五年(1940年)まで。この激動の時代の中を生きる人々の様子が、少女歌劇を軸に(ある程度の脚色はやむを得ないとしても)瑞々しく描き出されている。いずれ拙作に取り入れようと思うので詳しいことは書かないが、確実にそこに生きていた人々の息遣いが感じられて、興味深かった。

 石川県内灘町では、かつて存在した「粟ヶ崎少女歌劇団」の詳細を知ることができた。かねてから、全国の少女歌劇を調査した本でその存在は知っていたのだが、やはりフィールドワークは大事である。
「若い男性に人気があった」(少女が主要ファン層じゃないだと⁉)
「少女歌劇といいつつ、若干名の男性俳優やダンサーが一緒に出ることもあった」(それも少女歌劇なのか……)
「宝塚から移籍してきた人がいる」(この時代に、若い女性が結婚以外でセカンドキャリアを築いたのは凄い)
「粟ヶ崎少女歌劇ではないが、巡業してきた少女歌劇団がある」(少女歌劇といいつつ、実態は男女混合のバラエティ一座だった)
などなど……それまで自分が調べてきたことの斜め上の事実がわかった。

 そんなわけで、少女歌劇ものの創作意欲が少しずつ復活してきたので、手始めに、pixivに上げていた『花園ロマンス』を加筆修正、および解説を付すところから、腕を馴らしていくことにした。

 少女歌劇への愛と疑念をぶつけた拙作『花園ロマンス』、不定期更新となりますが、今後ともお読みいただければ誠に嬉しく存じます。

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