読んでくれている皆様、ありがとうございます!
本日もSNSを眺めていたら山ほど目に入って来たお話です。
長文タイトル、主流ですよね。
何より内容が分かりやすい。どんな物語なのかがすぐにわかる。だから、ほしいものが読めるわけですね。
特に考える必要もありません。供給されるのはタイトル通りの内容です。
一部例外を除いては。
さて、行間とか余白とか、そういうものが小説の味の一つだと思うわけですが、それって要するに想像力をかきたてたり、言葉の裏を読み解く読書体験の提供にあると思うわけです。
説明が多くて読むの疲れるから、最低限の文字だけにしてくれないと、斜め読みし辛いよ。という結果生まれた余白は…………まあ、これ以上はやめましょうか。
私なんて長文タイトル掲げたら、読者が増えても行間読んでもらえず、誤読続出中(全員とは言いません。マジョリティーだというだけで)ですけどね。
タイトルから内容を想像してワクワクするのも、行間と通ずる要素だったりしたはずなんですけどね。
水戸黄門に時代考証を求めないのと同じなのかもしれません。
この話題と密接な関係性にあるのが、エンタメ性なのですが……その話はまたの機会にします。
タイトルって、難しいですよね。
などと小並感で締める朝でした。
