『名前を呼ばない仕事』は、今回の投稿の為に書き下ろした作品ではありません。
過去に書いて、すでに完結していたものです。
そして私にとって、本当の意味での処女作でもあります。
文章を書く事自体は、それ以前にもしていましたが、登場人物を作り、ひとつの世界を作り、その中で人間を動かして、最初から最後まで「物語」として書き切ったのは、この作品が初めてでした。
今になって考えると、処女作としてはずいぶん妙なものを書いたと思います。
派遣型M性感で働く、一人の女性。
名前を呼ばず、必要以上に感情を持ち込まず、客との時間が終われば部屋を出る。
けれど、この物語で書きたかったのは、快楽そのものではありませんでした。
私が興味を持ったのは、「終わる」という事でした。
時間が来れば、仕事は終わる。
扉を閉めれば、関係も終わる。
もう二度と会わない人もいる。
それなのに、人間は必ずしも綺麗には終われない。
終わったのに、終われない。
帰れるのに、どこか帰りきれない。
そんな曖昧な場所に残るものを書いてみたかったのだと思います。
そして、この仕事にはもうひとつ、不思議なところがあります。
人は名前を知らなくても、誰かのかなり深い部分に触れる事がある。
逆に、何度会っても、知らない事の方が多い相手もいる。
近いのか、遠いのか。
仕事なのか、それ以上なのか。
その境界を決めるのは、案外難しい。
だから彼女は、毎回それを自分で決めます。
触れるのか、触れないのか。
進めるのか、止めるのか。
そして、終わらせるのか、終わらせないのか。
この作品を書いた当時、そこまで明確に言葉にして考えていた訳ではありません。
ただ、人間同士の関係そのものより、その境界に興味があったのだと思います。
近づく事より、どこまで近づかないのか。
何かを与える事より、何を与えないのか。
始める事より、どう終わらせるのか。
気がつけば、そんな事ばかりを書いていました。
今読み返せば、初めて書いた小説らしい未熟さもあります。
もちろん、未だ未熟ではありますが、もっと上手く書けたと思うところもありますし、今の自分なら違う書き方をするだろうと思う場面もあります。
それでも、大きく作り変える事はしませんでした。
これが、私が最初に「物語を書こう」として書いた物語だからです。
伏見トキナとして作品を公開していくなら、まず、この作品を置いておきたいと思いました。
処女作という言葉には、最初に書いた作品という意味しかありません。
けれど私にとっては、ここが確かに始まりでした。
『名前を呼ばない仕事』。
名前を呼ばない女性を書いた事で、私は初めて、名前を持った登場人物達の人生を書く面白さを知りました。
── 補足
この作品は、フェチやプレイそのものを描く事を目的にしたものではありません。
M性感という仕事を舞台にはしていますが、私が書きたかったのは、そこで生まれる心理的な距離と、人と人との関係が「終わる」ときに何が残るのか、という事でした。
快楽よりも、心理を。
行為よりも、距離を。
そして、始まりよりも「終わらせ方」を。
そんな物語として読んでいただけたなら、嬉しく思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
そして読後、ほんの少しだけ自分の「終わらせ方」が気になったなら、この物語を書いた意味はあったのだと思います。
伏見トキナ
