糸井重里というコピーライターさんがいる。
ゲーマーならMOTHERを作った人だし、
テレビっこなら徳川埋蔵金の人だし、
釣り人ならバス釣りの人だし、
ビジネスマンならほぼ日手帳の人だし、
古のネット民ならほぼ日糸井重里新聞の人だと言うだろう。ネット黎明期から起業してホームページを運用している。今もしている。
https://www.1101.com/home.html恐ろしい。実に恐ろしい。本当にだいたい毎日コンテンツを数十年更新し続けてる。そして毎日エッセイも更新している。恐ろしい。いや、毎日エッセイ自体はたぶん私も出来そうなんだけども。それを本当に30年近く続けてるという実績が恐ろしい。書けそう、と書いてきた、では全然違う。
で、確かそのエッセイで仰ってた気がするんですよ。愛について。それがえらく印象に残って20年経っても覚えてるんですよ。
「愛ってのはね、関係のない何かと何かの間を埋めるエネルギーの事を言うんだよ」
そんなニュアンスな事だったと思うんですけど。都合の良い言葉ですが、実際その通りと納得している私が居ます。
今度は別の人です。岡田斗司夫さんです。ちょこちょこ私が話題に出してますね。
ガイナックスの初代社長で、オタキングで、レコーディングダイエットの方ですね。
この方が「信仰」について話されていました。こちらは最近です。ここ10年ぐらいの話です。
「殉教者にとっても神様は信じがたいものなんです。それでも信じる。信じがたいものを信じる。信じれるものを信じるのは当たり前のことで信仰ではないです。信じられないものを信じ続けるから信仰というものは尊いんです」
みたいな事を言っていた、気がします。
どちらも別にキラーワードとして放たれた言葉ではなかったハズなのだけど、妙に心に残っていて、事あるごとに思い出しては「ああ、だよなぁ」と自分の感じた事と照らし合わせている言葉です。
なんて事をなんで急に話題にしたかというと……揺らいでるからなんだろうなぁ。