この作品を作るうえで読者に何を伝えたいのか、まずそれを考えてから書き始めましょう。
なんて言葉を見るたびに、そういう書き方もあるんだなぁと他人事のように思ってしまいます。
振り返れば私は、作品のテーマを考えてから書き始めたことが一度もありません。書きたいから書く、がいつも必ず先にあります。
テーマやメッセージはキャラクター同士のやり取りや、話が展開する中で見つかる事が大半です。そしてそもそも、テーマをテーマとして認識していませんし、メッセージもメッセージとして認識していません。
ただその辺に落っこちていた綺麗な石(=後にテーマやメッセージだとわかるもの)を飾り付けたらたまたまいい絵になった、それぐらいの感覚で書いています。書きたいものがなんだったのか、伝えたいものがなんだったのか、それがわかるのはいつもだいぶ後の事です。
もし『テーマを考えてから書き始めるのが作品に対するマナーです』みたいな教わり方をどこかでしていたら、私は一生お話が書けないままだったと思います。もちろん現実にそんなマナーはありませんし、創作そのものが自由な行いでよかったと思います。
どこかで話したかもしれませんが、私は小説はすべて独学で書いています。
気に入った本を読み直したり、琴線に触れたワードを頭の中で反芻したり。作品による文章の書き方を頭の中でトレースしたりして、自分なりの書法に落とし込んでいます。
本かなにかできちんと学んだ方がいいのかもと思うこともあります。
そんなものがあるのかわかりませんが、武道における型みたいなものがあるのだとしたら覚えておいて損はないと思いますし。
ただ言葉にするのが難しいのですが、『勉強してる感』があると途端に物覚えが悪くなります。宿題をやれと言われて、無理やりやらされているような。
どんな作品に対しても「○○の書き方を参考にするために読むぞ、見るぞ」という気持ちで臨んでしまうと、わかった気になるばかりでかえって何も身につかなかったり。そしてそういうふうに意気込んでいる時は、肩に力が入り過ぎている時だったりします。
だから語弊を恐れずに言うならば、『なんとなく』が一番安定します。
作品を書く時も、何かしらを学ぶ時も。散歩がてら、ちょっと気になった喫茶店に立ち寄ってみるぐらいの感覚でいる時の方が、だいたいそつなくこなせます。
真面目にやったり、頑張ろうとしないこと。
不真面目で矛盾しているかもしれませんが、楽なスタイルこそが自分にとって、いちばん真面目なスタイルなんだと思います。
片手間でいいです。
焦らずにいきましょう、小説は趣味なので。
そんなふうにささやきかけてくるイマジナリーだいこんとも、最近は仲良くやれています。ちなみに調子が悪いときは執拗に文章の粗探しとかしてきます。