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💋「新編 江戸の夢魔の夜」町医編、第4話 町医山崎清忠、見合い

💋「新編 江戸の夢魔の夜」、https://x.gd/XvmBM
 越後長岡藩から逃走した藩医山崎清忠は山中で夢魔に出会った。
 町医編
 第4話 町医山崎清忠、見合い
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なんか、江戸の人情噺みたいですが、江戸時代初期の1640年から1643年にかけて寛永の大飢饉が起こるんですよ。なので、つなぎのこの話。嫁のさくらを登場させないと、舟とふみの再登場がありませんので……


 寛永15年(1638年)春、山崎清忠(29歳)は、越後から信濃を抜け、江戸にたどり着いた。隅田川の流れを見下ろす雑司ヶ谷の路地に立つ彼の瞳には、医者としての再起への決意が宿っていた。だが、越後長岡藩からの追っ手を恐れ、清忠は人別帳に名を記さぬ「無人別」の者として生きる道を選んだ。

 清忠は、浅草の外れ、貧しい長屋の一角に身を潜めた。粗末な借家を借り、表札も出さず、裏口に「医者」と墨で書いた。

 長屋の住人たちは新参者を怪しんだが、清忠は黙々と医術を磨いた。革袋には、越後から持ち込んだ傷薬と漢方薬が詰まっていた。父の言葉、「医は命を救う道」が彼を支えた。だが、野沢温泉の舟とふみの夜が、心の奥で燻り続けていた。

 寛永15年夏、江戸下町を赤痢が襲った。元和年間以降、天然痘や麻疹が繰り返し流行し、寛永14~15年には血便と高熱を伴う赤痢が市中を席巻した(史実:『江戸時代疾病史』)。

 清忠は、戦場で家臣を救った記憶を胸に、診察を始めた。「銭はいらぬ。命を繋ぐのが医の務めだ」 艾と黄連を煎じた漢方を分け与え、熱には葛根湯を調合。子供には薄めた薬を飲ませ、長屋の裏に診療所を設けた。

 ある晩、瀕死の老女を診た清忠は、彼女の握る銭を返した。「婆さん、生きてくれ。それが俺の報酬だ」 老女の息子、八べえは涙を流し、世話役を買って出た。八べえは船大工で、がさつだが義理堅い男だった。髪結いの六衛門も支えた。噂好きだが心温かく、客の髪を結いながら清忠を褒めた。六衛門の母、おせんは長屋の女傑で、世話を焼いた。

 寛永16年(1639年)秋、清忠の評判は裕福な商人の耳に届いた。両替商の大坂屋吉右衛門が、浅草橋の酒肆に招いた。吉右衛門は幕府御用達として財を成した豪商で、浅草橋に広大な屋敷を構えていた。座敷で、酔った吉右衛門が笑顔で切り出した。

「山崎先生、わしの娘を嫁にどうだ? 婿養子に来てくれりゃ、大坂屋の財を継げるぞ」

 清忠は杯を握りしめた。商人の娘と聞けば、我儘な女を想像した。「私は医に生きる身。家の事は考えられぬ」と断ろうとしたが、吉右衛門は盃を置いて言葉を重ねた。

「実はな、わしには息子がいる。与之助、長男だ。順当なら家を継がせるが、あやつは博打と吉原に溺れてな。昨日も三千両の借金をこさえた。こやつに大坂屋を任せりゃ、身代が潰れるわ! 娘のさくらは気立てが良く、頭も切れる。先生、さくらを娶り、大坂屋を支えてくれんか?」

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