🎀新編 長安変奏曲(古代~近世官能シリーズ⑦)、
https://bit.ly/410wYps 第4章 帰国
第1話 空海と逸勢の帰国
https://x.gd/hOAOe 逸勢は頭を掻き、「僕も悩んでる。唐での生活は安定してる。君や|瑠璃《るり》、|莎麗《されい》、小蘭、小梅がおる。でも、日本に帰らんかったら、阿倍仲麻呂のようになるかもしれん」と過去の遣唐使の話を語った。|葵《あおい》は手を握り、「逸勢様が決めたことなら、わいはついていくよ。唐も好きじゃけど、日本の海も恋しいんじゃ」と微笑んだ。逸勢は心が軽くなり、「ありがとう、|葵《あおい》。王氏やみんなにも相談してみるよ」と決意したのだった。
逸勢は、娼館『花月楼』の女将、王氏の閨房を訪れた。絹の帷帳に囲まれた部屋は、伽羅の香が漂い、螺鈿の卓には青磁の盃と葡萄酒、胡饼、羊肉の串焼き、蜜漬けの棗が並ぶ。王氏は菊の刺繍の袍をまとい、扇子を手に微笑む。「橘様、帰国の話やな? ほぉ、悩ましい話やわ」と言う。逸勢は盃を傾け、「王氏、帰国が2ヶ月後に迫ってる。唐に留まるか、日本に帰るか、決めかねているんだ」と吐露した。
王氏は扇子をパタリと閉じ、「橘様、帰国するんなら投資分と利潤を精算して、砂金に替えて日本への手土産にするのはどうや? 初期投資の金40両(八千万円)、この一年半の賭場の利潤は1日30貫として、540日で1万6200貫、つまり金810両(1億6200万円)や。砂金なら持ち運びも楽やし、日本の朝廷で重宝されるで」と彼女から法外な提案をされた。
逸勢は目を丸くし、「そんな額に…! 確かに、それなら日本での生活も安泰だ」と頷く。王氏は笑い、「もっと若かったら、橘様に鄙びた日本に連れて行ってもらって呑気に暮らすのも悪ないやろけど、ここには娼館と賭場の芸妓、奉公人、女給がおるしな。ま、日本人の|葵《あおい》だけでも連れて行っておやりや」と続ける。逸勢は「王氏、ありがたい、感謝いたします。みんなにも聞いてみます」と礼を述べ、部屋を後にした。