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創作活動における「クレペリン検査」

 かつてお話ししたかどうか記憶が曖昧なのですが、私は約20年ほど昔、某鉄道会社の請負として「列車見張員」、「(在来線)工事管理者」という業務に従事しておりました。
「列車見張員」という職種は文字通り「列車の接近を見張り、作業員に列車の接近を知らせる仕事」です。
 これだけを読めば一見簡単そうな仕事に見えるかも知れません。
 しかし、その背後には作業員がいます。一歩間違えれば生命に関わる仕事です。

 さて、前置きはこのぐらいにして、タイトルについてのお話に移りたいと思います。
「クレペリン検査」の内容については「Wikipedia」に記載されている内容でほぼ間違いはありません。

「一桁の数字を延々と足し算をする」だけです。

 最初は順調に進みます。しかし、途中から頭が回らなくなります。そして最後のあたりで、また少し調子を取り戻します。いわば「集中力」や作業の波を見る検査です。
 ただ、「3・3・4」のような数字が並ぶと、今でも頭の中で計算がこんがらがって「何でや阪神関係ないやろ」と列の終わりに文字を添えそうですが(やりません)。

 列車見張員時代はあまり気にかけなかった(むしろ嫌だった)のですが、最近、執筆中に集中力が落ちるタイミングが、ふとクレペリン検査の中盤とよく似ていることに気付きました。

 最初は順調に進みます。しかし段々と集中力が途切れてきます。そして最後の段階で再び調子を戻します。
 そして読み返すと……

 登場人物が勝手に喋り始めていたり、
 当初の予定になかった話題が増えていたり、
 当初3,000文字予定が気がつけば5,000文字程度になっていたり、
 読み返して「これ誰が書いたんや」と自分に聞きたくなる時もあります。

 仕事としての列車見張員時代は「クレペリン検査」と聞くだけで憂鬱になりましたが、まさかこんな所で役に立つとは……。

 世の中、どこで何が役に立つのかわかりませんね(ゲンナリ)

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