世間は三連休ですね。
久しぶりに、車で小一時間ほどのところに住む80代の親に会ってきました。
幸いまだ元気に徒歩や自転車で出かけていて、旅行なども楽しんでいるのですが、ふとその姿を見ながら「あと数十年もすれば、自分もこの領域に入っていくんだな」と、静かな時の流れの残酷さを突きつけられたような気がしました。
一方で、子どもたちは思春期真っ只中。
成長自体はとても嬉しいのですが、彼らには彼らの世界ができつつあります。
過干渉にならず、余計な詮索もせず、向こうが話しかけてきたら耳を傾ける。
そんな適度な距離感を心がけてはいるものの、ふと「親としての役割」が少しずつ手離れしていく寂しさも感じています。
親の老いを見つめ、子の自立を見送りながら、思うことがあります。
これから先の30数年、美味しいものを食べたり旅行に行ったりする小さな娯楽はあるのかもしれない。
けれど、大きな目標があるわけでもなく、ただ老いていくだけなのだろうか、と。
何者にもなれない自分。 かと言って、いまさら何者かになりたいわけでもない自分。
長年寄り添ってきたパートナーと、これからも夫婦として生きていくのだろうけれど、どこか言葉にならない「なんだかなぁ」という焦燥感や虚無感が、秋の風とともに胸をかすめていきます。
子どもたちが完全に巣立ったあと、自分には一体何が残るのだろう。
どんな楽しみを見つければいいのだろう…。
……なんて、柄にもなくしんみり考えてしまいました。
もしかしたら、単なる更年期の情緒不安定かもしれません(笑)。
病院いこ!
けれど、こうした割り切れない虚しさや後悔、人生のままならなさこそが、私が『残酷な鏡』で描き続けている「人間のサガ」そのものなのだとも感じています。
どれだけ歳を重ねてもスマートになれない自分や、物語の中で迷い、あがく彼らの姿に、私自身のこの不器用な情けなさや痛みを全部乗せて、これからも書き散らかしていきたいと思います!
とり止めのない私事にお付き合いいただき、ありがとうございました。
皆さまも、どうか体調にはお気をつけてお過ごしください。