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『源平合戦』ざっくり超訳まとめ(簡単に、頼朝挙兵~壇ノ浦まで。※ コミカルです)

 こんにちは、はる❀です。
 6月になりましたね。

 今連載しております『記憶と神巡る『平安』物語』ですが、序章からいきなり壇ノ浦で平氏が滅びる場面から始まります。平安時代末期に起こった源平合戦……源氏や平氏といった名称は有名ではありますが、そもそも源平合戦とはなんぞ? というところを、自分なりのメモも兼ねてまとめておこうと思います。
(※超訳ゆえ、大分コミカルです。苦手な方は注意してください)


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◆源平合戦とは……1180年~1185年の「治承寿永の乱」のこと。
 ➡頼朝挙兵(1180)~ 壇ノ浦合戦で平氏が滅びる(1185)まで


◆主な登場人物

★源氏
源 義朝
源 頼朝:義朝の3男
源 義仲(木曽 義仲):頼朝のいとこ
源 範頼:義朝の5男。頼朝の弟
源 義経:義朝の9男。頼朝の弟

梶原 景時:頼朝に仕えた人。苦労人
那須 与一:弓の名手


★平氏
平 清盛
平 宗盛:清盛の3男
平 知盛:清盛の4男。宗盛の弟

阿波民部重能:平家に仕えた人。最後は裏切る。


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◆ざっくり流れ(コミカル入ります)


〇そもそもの背景〇
1159年平治の乱で源 義朝 vs 平 清盛 で清盛が勝利!
義朝は処刑され、清盛は武士で初の太政大臣になって朝廷でも実力を持つ(やや独裁政治)。
貴族や民衆はこれに対して次第に反感を持つようになります。

以仁王(もちひとおう・後白河法皇の息子)
「ぬぬぬ、いよいよ我慢ならーんっ」


〇源平合戦の開幕〇
●1180年
以仁王「源氏諸君、平氏を倒せ。清盛は義朝の仇でしょ」
源氏(頼朝・義仲)「おおー!」
➡頼朝挙兵!(緒戦・石橋山の合戦は敗戦)
義経が頼朝の挙兵を聞きつけて参戦


義経「兄上!お久しゅうございます、弟の義経です。僕も打倒平家に参戦します。平家はお父上の仇!」
頼朝(……誰?)「あぁ、弟ね、うんわかった、義経ね、義経。そうだね一緒にがんばろう」(赤子の頃に生き別れたからあんまし覚えてないけど……そもそもなんで奥州から来た?まぁ、弟って言ってるし、打倒平家と言ってるから、いっか)




●1180-1183年
度重なる戦によりついについに源義仲が平家を都から追い出す(平家都落ち)・平清盛逝去(熱病)

上皇(今度は義仲が京に……また平家の代わりになられても困るから『横暴すぎる』と言って頼朝に追い出してもらおう)


上皇「義仲さ、都から平家を追い出してくれたのはいいんだけど、ちょっと横暴すぎ。頼朝、ちょっと来て」
頼朝「なんでしょう」
上皇「義仲やっつけて」
頼朝「わかりました。範頼と義経ー、義仲をやっつけて」
範頼・義経「わかりました」

範頼と義経により義仲討伐。(宇治川の戦い)



★この範頼・義経が平氏を西へ西へと追い詰めていく。
(一の谷・屋島・壇ノ浦の戦)



●1184年
源vs平【一ノ谷の戦い】
義経「この崖、鹿が下ってるね」
部下「鹿ですか」
義経「ここ、馬で下れるんじゃないかな」
部下「え」
義経「鹿が行けるなら馬だっていけるよ」

平氏「ぎゃー!崖から源氏軍が来た!」

➡これが有名な鵯越の逆落とし(奇襲)
平家は四国へ逃れる

★源氏の勝ち




●1185年
源vs平【屋島の戦い】

義経「嵐だけど屋島を討とう」
景時「無茶です、こんな嵐に!」
義経「行く」

嵐の中屋島へ。いきなり奇襲 ➡ 民家に火を放つ

平氏「なんか源氏来たんだけど~!」
➡ 海へ逃げる


この後有名な那須与一の扇の話。
海へ逃げた平家の船に乗った女性が扇をひらひらと掲げる。

義経「あの平家の船の扇を射よ」
与一(まじですか)「がんばります」

(扇を)ひいふつとぞ射切ったる(成功!)

平氏・源氏「すげー!」どんどんパフパフ!
 ➡与一の腕を称える平氏の翁が船で舞う

義経「あの翁もやれ」
与一(まじですか(二回目))「わかりました」

しやうくび(翁の首)の骨をひやうふつと射て(成功!)

源氏「与一よくやった!」
平氏「まじですか」(源氏さん、やりすぎじゃないですか???)

これは平氏の時間稼ぎ的な意味合いが多かったようですね。
ここでも源氏が勝利。平氏を彦島へ追い詰める。(最終合戦・壇ノ浦へ)

★またまた源氏の勝ち




源vs平【壇ノ浦の戦い】

★源氏側
義経「漕ぎ手を射よ」
部下「ダメです、ルール違反です!そんなことをしては歴代までの恥に~!」
義経「やれ」


★平氏側
知盛「兄上!阿波民部重能(あわのみんぶかげよし)が裏切りそうです!今首をはねましょう!」
宗盛「そんな簡単に斬っちゃダメ」

➡結局、阿波民部重能は源氏側へ寝返る(その他も続々寝返っていく)

知盛「だから言ったのにっ」
宗盛「……ごめんて」


結局陸と海から攻められた平氏は滅亡へ
★源氏勝利




 ……と、大体ここまでですね。

 この先は本作序章へも繋がっていきます。

 まとめはまとめ故に大分コミカルに描きましたが、作者は源平双方超リスペクトしているので、本編は真面目に始まります。歴史×現代の、ファンタジー作品になります。


記憶を巡る『平安』物語 序章はこちら⇩
works/822139839669392043




★おまけ★

範頼「……私、影薄くないですか?義経が目立ってる間、私も九州押さえたり、色々ガンバッタんですよ〜!」
(実際、平家は九州からの補給を絶たれたのも大きかったそうですよ)

14件のコメント

  • 勉強になりました。また、コミカルで面白かったです!何度か吹いてしまいましたw
    義経の無茶振り、結構ひどいですね……!?
    鹿行けるなら馬も行けるって……!
  • 分かりやすく面白かったです!
    義経の型破りな感じに戸惑う源氏の人々の姿が目に浮かんで笑ってしまいました😂
  • まとめとは言え、判官びいきから語られにくい翁を殺してしまう所まで書かれるとは流石です( ;∀;)
  • 夏野梅さんこんにちは❀
    そのように仰ってくださり、ありがとうございます😊吹いて頂いて嬉しい限りです😆
    義経さん、こうしてみると結構無茶ぶりですよね。笑
    この場面はなんかドラ〇もんでも、義経のよっちゃんとして登場していたのを見たことがありますびっくり!
    でも、こういった奇想天外な発想だからこそ、誰も考えつかないような奇襲を成功させるカギにつながったのかもしれませんね。
  • 沼野まぬるさんこんにちは!
    面白かったとのお言葉、嬉しいです❀義経の型破りな感じには、きっと源氏の方々も戸惑うこと多々あったかもしれませんね。
    実際梶原景時さんとはかなり口論してますし(^^;)


    有名な喧嘩①【屋島】
    景時「殿!船戦になるならば、船の尾部に逆魯をつけて自由に動けるようにしたらいかがでしょう」
    義経「いらぬ」
    景時「なぜですか。退く際に有利に働きますのに」
    義経「戦は常に前に進むものだ。後ろに退くなど、以ての外」
    景時「前に進むばかりが戦ではないですぞ」
    義経「そんなものは弱虫がやることだ」
    景時「カッチーん★」

    ※実際スピード勝負の部分も大きかったので、「そんなことしてる時間はない」的な意味合いもあったようです


    有名な喧嘩②【壇ノ浦】
    景時「殿!ここは私に先陣を切らせてください!」
    義経「それはこの義経がいないときにやれ」
    景時「何を……殿は総大将ではありませんか」
    義経「私にとって総大将は鎌倉殿(頼朝)だけだ」
    景時「そんなことを言う貴方は軍の上に立つ器じゃない」
    義経「カッチーん★」

    とまぁ、結構喧嘩しております。笑

    実際こういったワンマンプレーが目に余って景時が頼朝にチクったせいで、義経は鎌倉に入らせてもらえなかった理由の一つにもなっているとも言われています(^^;)
  • 福山典雅さんこんにちは❀
    結構この部分は語られないこと、多いですよね。でもどこまでも冷静で容赦のないところも、義経の良さなのではないかなと思います😊そしてそんな作者も判官贔屓でございます。義経推しっ🤗
  • はるさん

    こちらの紙幅をお借りすること、お許しください。

    今、私の『芥 Ⅰ』を読みに来てくださってるじゃないですか(ありがとうございます😊)、とある理由があり、これを読まれる前に10分で読み終わる『量子と精神』を読んでからの方が『芥 Ⅰ』を120%楽しめること間違いないです。

    現在、一番人気の『量子と精神』ではありますが、こちらに星もハートもいりませんので、是非、『量子と精神』にお立ち寄りいただきましてから、『芥 Ⅰ』へお越しくださいませ。

    こちらを通信欄としてしまい、申し訳ありませんでした。

    よろしくお願い申し上げます。
  • はる❀さん、こんばんは。
    「源平合戦ざっくり超訳」、拝読させていただきました。
    思わず吹き出しながら読み進めていたのに、ふとした一文に歴史の冷たさが滲み出ていて、胸の奥がゾクリとする瞬間が何度もありました。

    頼朝と義経、そして範頼との微妙な力関係や、「やれ」と即断する義経の過激さなど、軽やかな語り口のなかに確かな史実への敬意が感じられ、さすがです。

    兄弟であろうと“駒”として割り切る源氏の冷徹さ、それが時代の必然だったのか、あるいは“武家の本質”なのか……考えさせられました。
  • 青山 翠雲さん
    ご丁寧に、ありがとうございます。なるほど、読む順番があるのですね。『量子と精神』の方に先にお邪魔させて頂きますね✿わざわざご丁寧に、ありがとうございます😊
  • 悠鬼よう子さん
    こちらもお読みくださり、ありがとうございます。
    源平合戦、好きなんですよね😊源氏も平氏もどちらの生きざまにも胸を打たれ、凄い時代だったんだなぁと色々と考えされられます。やっぱり、生半可な気持ちでは戦なんてできなかったんだと思います。時に厳しく、時に非情にならければならないことも多々あったのだろうなぁと思うと、そんな戦乱の世を生き抜いた人たちの強さにも、そんな中の武士の矜持にも、胸を打たれますね。

    特に源氏は、そうですよね。兄弟従妹であろうとも戦をする時代に、歴史を習いたての頃は、なんと過酷な時代なのだろうと思った記憶があります。今とはきっと考え方の違いや立場などの問題もあったのだろうとは思いますが、色々と考えさせられますよね。
    ご丁寧なご感想を、誠にありがとうございます😊
  • 初めまして、コメント失礼します。

    とても現代的で、しかも分かりやすい視点に惹かれました。

    その上で…少しだけ、持論をお許しください🙇‍♀️

    私は、木曾義仲は“上皇に嵌められた”のではないかと思っています。
    平家を都から追いやった直後、物資の乏しい京で略奪などできるはずもなく……。
    むしろ、かつて平清盛と対立してきた背景からも、後白河法皇は「二度と武士を政治の中枢に関わらせまい」と考えていたはずです。

    ご先祖様が、義仲殿に仕えていたとされる子孫としては、そう思えてならないんです。
  • ルート・メモリーさん、こんばんは。
    ご先祖様が義仲殿にお仕えされていたのですね!それはすごいです……!✨
    超訳とはいえ、もしお気を害されましたらすみません。少し書き方を改めますね。


    それは仰る通りだと思います。よく教科書等でも言われるのは、平家を追い出して都入りした義仲殿の郎党が略奪を働いたことに対する措置だったという話ですが、結局上皇は、義仲殿がまた平家の代わりになるのが怖かったんじゃないかなぁとも思います。公家から武家政治になっていくのが一番嫌だった人でもあるのではと思うので……そうすると、現時点で力を持ちそうな義仲殿を、また別の武力(頼朝)で押し付けようとした結果だったのかもしれないですね。『嵌められた』というのは、もしかしたらそういうことなのかなと思いましたが、もし解釈が違いましたらすみません。

    上皇さんもかなり武将さんたちの人生を揺さぶっている人物だと思うので(頼朝追討令をだしたかと思えば取り消して義経追討令を出してみたり……とか(^^;))、義仲さんの件に関しても『嵌められた』と言う方が、もしかしたら正しいのかもしれないなぁとお話を伺って思いました。

    よろしければぜひルート・メモリーさんのお話もお伺いできましたら嬉しいです😊お目を止めてくださり、ありがとうございます!
  • おお……わかりやすい解説ですね。
    九郎義経でございますに対して頼朝が誰……? まぁいっか。には笑いました。若くてイケメンがいきなり来て……この時は後々「ああブラザー!どうしてー!」になるとは思わなかったでしょう。
    他もすごいですが自分は崖から馬の箇所できゃっ♪でした。
  • 紅夜チャンプルさん
    こちらへのお返事が遅くなりすみませんー💦
    こちらもお読みくださり嬉しいです!義経と頼朝の関係、シンドイんですよねぇ😿でもこの兄弟、好きなんですよね……!
    またぜひお話したりできましたら嬉しいです♩
    今後とも、よろしくお願いいたします😊
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