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怖い話

ご無沙汰してます。ほらほらです。

なんか久しぶりに書いてみようと思ったのが怪談なんですけれど……
完全フィクションって訳でもないので、ホラージャンルではなく、創作活動中に思い付いたただの無駄話紹介ということで、こちらに書かせてください。



深夜の給湯室

深夜二時を回ると、オフィスのフロアは山奥の洞窟のように静まり返った。

昼間は絶え間なく鳴っていた電話も、コピー機の駆動音も止み、聞こえるのは空調の低い唸りと、喫煙室の換気扇が回り続ける音だけだ。

喫煙室はフロアの隅にあり、ガラス張りの壁の向こうに、照明の落ちた執務室が見渡せた。島のように並ぶデスクも、伏せたモニターも、夜になるとただの影になる。人がいた痕跡だけが残っていて、もう誰もいない。そういう時間だ。

後輩の佐藤は、灰皿の縁に煙草を軽く打ちつけながら言った。

「先輩、知ってますか。四号機のエレベーター」

向かいで煙を吐いていた高橋が、面倒そうに目だけ向ける。

「またその話か」

「でも、ほんとらしいですよ。あれ、一回使うと勝手に地下まで降りるんですって。設備室の前で止まるらしいです。誰も呼んでないのに」

高橋は鼻で笑った。

「保守の設定だろ」

「そう思うじゃないですか。でも若い連中の間じゃ有名ですよ。地下の設備室ってだけで、それっぽいし」

「響きで怖がるなよ」

高橋は短くなった煙草を灰皿に押しつけ、新しい一本をくわえた。ライターの火が一瞬、喫煙室のガラスに映り、その向こうの暗い仕事部屋までかすかに照らした。

佐藤は少し声を落とす。

「それだけじゃなくて、警備の人も言ってたんです。夜、上の階から順に巡回してると、四階だけ毎回どこか明かりがついてるって」

「四階?」

「このビル、人感センサーで誰もいなくなると照明落ちるじゃないですか。でも四階だけ、いつ見てもどこかしら点いてるらしくて」

高橋は煙を吐いた。

「誰かいるんだろ。清掃か設備か」

「そうらしいです。実際、夜中に四階の給湯室で湯を沸かしてる設備の人を見たって話もあって」

「じゃあ終わりだ」

「でも、ちょっとできすぎじゃないですか」

「何が」

「四号機は地下に戻る。四階だけ明かりがつく。たまたまにしては」

高橋は苦笑した。

「お前みたいなのがいるから、ただの設備まで怪談のネタになるんだよ」

佐藤は煙草をくわえたまま黙った。たしかに、その通りかもしれないと思った。こういう話はたいてい、最後にはどうでもいい理由に行き着く。設定の癖とか、誰かの習慣とか、その程度のことだ。

喫煙室の自動ドアが開いたのは、そのときだった。
振り向くと、制服姿の警備員が入ってきた。年配の男で、巡回の途中らしく、片手に小さな懐中電灯を持っている。夜になると、どこかで見かける顔だった。

「失礼。一本だけ」

そう言って、警備員はポケットから煙草を取り出した。
高橋が軽く会釈し、佐藤は半ば冗談のつもりで口を開いた。

「警備さん、このビルって、夜に四階へ来る設備の人がいるんですよね」

「設備の人?」

「給湯室で湯を沸かしてるっていう。四号機の話とか、四階の照明の話とか、それで説明つくって聞いて」

警備員は煙草をくわえたまま、一瞬だけ手を止めた。
ライターが、つかない。
無言でもう一度擦って、ようやく火がついた。その小さな明かりの中で、警備員は二人を見ないまま言った。

「ああ」

短い返事だった。
佐藤はわずかに身を乗り出す。

「なんて人でしたっけ、その設備の人」

警備員は煙を吸い込み、ゆっくり吐いた。
それから、雑談の続きをするような口調で言った。

「前はいたよ。四階で湯を沸かしてから、地下の設備室に降りる人が」

佐藤が目を瞬かせる。

「前は、って」

「何年も前だ。このビルでエレベーターの夜間点検をしてて、四号機の点検中に倒れた。朝まで見つからなかったらしい」

換気扇の音だけが、やけに大きく聞こえた。
佐藤が乾いた声で言う。

「いや……でも、今でもいるみたいな言い方でしたよね」

警備員は吸い殻を灰皿に落とし、そこで初めて二人のほうを見た。
冗談を言う目ではなかった。

「いる、とは言ってない」

それだけ言って、煙草を半分も吸わないうちに揉み消した。巡回の途中だったことを思い出したように懐中電灯を持ち直し、喫煙室のドアへ向かう。
出ていく間際、振り返りもせずに、ぽつりと付け足した。

「四階の給湯室は、とっくに潰して倉庫だけどね」

自動ドアが閉まった。
喫煙室に残ったのは、換気扇の低い音と、誰も吸っていないのに薄く揺れている白い煙だけ。

その夜、佐藤は四号機を使わず、非常階段で帰ると言った。
高橋は馬鹿らしいと笑ったが、結局いっしょに階段を下りた。

四階を通るときだった。
閉まっているはずの倉庫の曇りガラスの向こうに、赤い点がひとつ、ふっと灯った気がした。

電気ポットか何かの、加熱を知らせるような色だった。

二人とも足を止めなかった。
階段の鉄の手すりだけが、やけに冷たかった。

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