「おとうさーん、忘れ物よ」
奥から妻が持ってきたのは、弁当箱ではなかった。
黒いハードケース。
側面には、東都広域警備株式会社の白いロゴが入っている。
「おお、危ない。これを忘れたら、会社より先に管理組合に怒られる」
男はケースを受け取り、玄関横の認証端末に社員証と保険証をかざした。
電子音が二つ鳴る。
続いて、集合住宅の共用警戒網に接続された。
『北三丁目防獣長屋、六号棟。
本日六時から九時まで、小型獣脚類警戒レベル二。
通学路警備員、出動確認』
男は顔をしかめた。
「うるさいなあ、分かってるよ」
ケースの中には、M6民間防衛カービン。
保険組合指定の標準火器である。
小型ラプトルやゴブリン群には十分だが、数年おきに太平洋から来る王災害には、爪楊枝にもならない。
屋上の防獣灯はまだ白く光っている。
地下の独立電源は、都市核融合網から切り離されても七十二時間は稼働する。
中庭では、子どもたちが避難口の上に腰かけて、朝のパンを食べていた。
この国では、一戸建てに住む者は少ない。
壁も、電気柵も、警備員も、保険料も。
ひとりで背負うには高すぎるからだ。
「行ってくる」
男は防獣長屋の共用ゲートをくぐった。
