こちらでは、今日が七夕です。
日本の七夕とは少し時期がずれているようですが、皆さんも夏の名残を感じながら、どうかよい一日をお過ごしください。
七夕と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。夏の大三角でしょうか。
初めて夏の大三角を見たのは、大学生になってからでした。当時付き合っていた人のもとを訪れ、彼の大学の近くで過ごした夜のことを、今でもよく覚えています。
彼は夏休み中、先生と一緒にアニメーション作品を制作することになり、大学の近くにアパートを借りていました。これ幸いとそこへ入り浸り、彼とべったり過ごしていました。
彼の大学は郊外にあり、夜は街明かりも少なく、空がよく見えました。夕食をすませてアパートへ戻る途中、ふと見上げた空に、天の川がかかっていました。
ほんのうっすらと一筋見えるだけでした。それでも、少女の結い髪から垂れる房飾りのように、きらめきながら夜空を流れていました。
当時、彼はLoLに夢中でした。私はMOBA系のゲームがあまり得意ではなかったのですが、一緒に遊びたくて、ずいぶん練習しました。
ある日、彼が突然、「手作りのケーキが食べたい」と言い出しました。
けれど、部屋にはオーブンも泡立て器も、秤さえありません。部屋にあった調理家電は、炊飯器一台だけでした。
そこで私たちは、ネットで炊飯器ケーキの作り方を探し、ステンレスのボウルと一膳の箸を持ち出して、卵白を泡立て始めました。
レシピには、「手で泡立てるなら、途中で絶対に止めてはいけない。止めれば泡が潰れてしまう」と書かれていました。それを読んだ私たちは、怖くて一度も手を止められませんでした。
LoLの試合中継を流し、観戦しながら、ひたすら箸を動かし続けました。あのときの手の速さだけなら、プロ選手にも負けていなかったかもしれません。
トイレに立つときでさえ、箸の受け渡しはリレーのバトンさながらでした。
「まだ!? 早く!」
「早く早く、もう無理! 手がつるううう!」
――そんなやり取りが、狭い部屋の中で、ばかばかしいほど真剣に繰り広げられていました。
それ以来、ケーキというものを発明した人には、心から敬意を抱いています。
あれも、夏のことでした。
エアコンはなく、小さな扇風機だけが頼りなげに首を振っていました。狭い部屋で身を寄せ合い、パソコンの前に陣取って、炊飯器の中のケーキが出来上がるのを祈るような気持ちで待っていました。
炊飯器のふたを開けた先に待っているのが、ふわふわのケーキなのか、それともカリカリの炭なのか、二人には分かりませんでした。
それでも、どうなるか分からないからこそ、二人で待つ時間に胸が躍りました。
幸い、人生で初めて作ったシフォンケーキは大成功でした。
生クリームもジャムもない、何の変哲もないシフォンケーキでした。それでも、あの年の七夕は、卵のやさしい香りに包まれていました。
大学時代、日本語の先生が日本へ帰国することになり、最後の授業で黒板に「一期一会」と書いてくださいました。
しんみりした別れがどうにも苦手な私は、授業のあと、先生に一羽の「怪しい鶴」を贈りました。
普通の折り鶴なのですが、二本の脚だけは、まるで全力で走っているように折ってありました。なんとも怪しい鶴でした。
先生はその場で吹き出して、「この脚、どうしたの?」と笑いました。
誰かとの縁が一度きりのものだとしても、せめて別れの瞬間までは、笑っていられたらいい。心からそう願っています。
ここまで生きてきて、今はこう思います。
別れはどれも無常で、出会いはどれも奇跡なのだと。
皆さん一人ひとりとの出会いも、私にとっては一期一会です。
いつか別れの時が来るとしても、そのときは、お互いに笑っていられますように。
In case I don't see you, good afternoon, good evening, and good night.
※添付画像はAIで生成したものです。『Myosotis』の主人公二人――泉上光と柊音無をイメージしたもの……のはずです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。